地下出身のシンセ・ミュージック、ついに表舞台へ 〜 Kyle Dixon & Michael Stein 『Stranger Things Vol. 1 & 2』〜



 エレクトロニック・ミュージックを愛聴する者は、Minimal Waveのリリースを一度は聴いたことがあるはずだ。ニューヨークを拠点に活動するこのレーベルが、オッペンハイマー・アナリシスのEPをリイシューしたのが2005年。そこから地道に良質なリイシューを重ね、2010年のコンピレーション『The Minimal Wave Tapes Volume One』を機に、飛躍的に知名度を高めた。
 Minimal Waveがリイシューする音源は、過去のシンセ・ミュージックやニュー・ウェイヴという方向性を貫いている。しかもピックアップするのは、友人にのみ配られたカセット作品など、非常にマニアックだ。しかし、そうした活動は少しずつ世界中の音楽ファンに広がり、ここ日本でも“カルト・ニュー・ウェイヴ”という形でMinimal Waveの作品が受けいれられた。
 もちろんその影響は音楽シーンにも及んだ。Modern LoveやBlackest Ever Blackなどを中心としたポスト・インダストリアル・ブームとも共振し、さらにはMinimal Wave周辺に通じるシンセ・サウンドを特徴とするソフト・メタルズが、インディー・ロック系の名門レーベルCaptured Tracksからアルバムをリリースするなど(※1)、さまざまなところでMinimal Waveの影を見かけるようになった。Telefuture(※2)やFuture City(※3)といったシンセ・サウンドを追求するレーベルが注目され、少なくない支持を集めることができたのも、Minimal Waveの活動があってこそだと思う。

 テキサスを拠点にするサヴァイヴというバンドも、こうしたMinimal Wave以降ともいえる流れの一部である。アダム、カイル、マーク、マイケルの4人によるこのバンドは、重層かつ綿密なシンセ・サウンドを特徴とし、ここではないどこかへ飛ばしてくれる幽玄的なサウンドスケープで多くの支持を集めている。おそらく日本ではほとんど知られていないと思われるが、彼らのサウンドクラウドを見ると、再生数の多さに驚くはずだ。これまでに3枚のアルバムを発表しており、特にサード・アルバムの『S U R V I V E』は、ダスト(※4)やトロピック・オブ・キャンサーなどの作品もリリースするMannequinから出たこともあって、彼らに対する注目をより大きいものにした。

 そんなサヴァイヴのメンバーであるマイケルとカイルは、ドラマ『ストレンジャー・シングス』のサントラを担当している。ネットフリックスで配信されているこのドラマは、ジュブナイル、ホラー、ミステリーなどの要素を丹念に混ぜあわせた秀作。筆者からすると、80年代のデヴィッド・クローネンバーグ、『アルタード・ステイツ』、『ファンタズム』、『E.T.』、『ドリームキャッチャー』、『グーニーズ』あたりの映画を想起させる作りだ。子供たちの成長譚を描きつつ、映画オタクならニヤリとする小ネタを随所で挟むなど、その欲張りな内容はさまざまな年代や層に受けいれられるだろう。事実、ドラマは好評だったようで、シーズン2が2017年に配信されることが決まっている。

 こうしたドラマの好調を受ける形で、マイケルとカイルによるサントラも注目されているというわけだ。
 肝心のサウンドは、音数が少ないミニマルなシンセ・ミュージックとなっている。ビートはなく、サヴァイヴの作品でよく見られる過剰なエフェクトも抑え目だ。とはいえ、最低限のリヴァーブやディレイ、さらにはフレーズの微細な変化で起伏を生みだす手腕は見事である。ドラマのなかで聴くとわかりづらいが、サントラ単体で聴くとその綿密なプロダクションとストイックなミニマリズムに驚嘆させられる。無音の空間を生かす術も心得ているのか、無駄な音や展開が一切ない。終始耳を惹きつける心地よい緊張感が、リスナーに新たな神経回路をもたらしてくれる。
 片手間にでも聴けるが、注意深く耳を傾けるとたくさんの発見があるというその作風は、ブライアン・イーノが提唱した意味でのアンビエント・ミュージックと言えるだろう。シンプルに聞こえて、しかし多くの仕掛けが施されているというエクスペリメンタルな音楽が、『ストレンジャー・シングス』を通じて多くの人たちに聴かれているという事実には興奮する。おそらく普通にリリースされていたら、コアな音楽ファンにしか届かなかったであろうことを想像すると、尚更だ。

 それにしても、2005年にアングラの中のアングラから始まった流れが、11年も経ってこのような形で花開くとは正直想像できなかった。
 そして、この興味深い動きを知らなかった人たち。いまからでも遅くはない。まずは『ストレンジャー・シングス』のサントラを聴き、深遠なるシンセ・ミュージックの森に足を踏みいれよう。それはちょっと億劫という人は、わりかしキャッチーな『ドライヴ』のサントラを挟んでからでもいい。こちらもまた、先述したシンセ・ミュージックの流れと共振する作品だ。




※1 : このアルバムのレヴューは、音楽サイトCOOKIE SCENEで書いています。ご参考までにぜひ。http://cookiescene.jp/2013/07/soft-metalslensescaptured-trac.php


※2 : Telefutureについては、音楽サイトCOOKIE SCENEに寄稿したBETAMAXX『Sophisticated Technology』のレヴューで触れています。ご参考までにぜひ。http://cookiescene.jp/2013/07/betamaxxsophisticated-technolo.php


※3 : Future Cityについては、音楽サイトCOOKIE SCENEに寄稿した『Future City Records Compilation Vol. III』のレヴューで触れています。ご参考までにぜひ。http://cookiescene.jp/2013/09/various-artistsfuture-city-rec.php


※4 : ダストについては、以前に〈NY発のアシッド・ハウス・バンド 〜 Dust『Agony Planet』〜〉という記事を書いております。ご参考までにぜひ。https://note.mu/masayakondo/n/n0080e7b88e35

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