成功に安住せず、深化を求めたグライムのレジェンド Ghetts『On Purpose, With Purpose』


 イギリスのラッパー、ゲッツはグライムのレジェンドとして確固たる地位を築いたベテランだ。2021年の傑作『Conflict Of Interest』は全英アルバム・チャート2位に到達するなど、商業面での成功も収めている。
 このアルバムは、いま聴いても惹きつけられる素晴らしい作品だ。自身に起こった出来事から社会問題まで、さまざまなテーマを秀逸な批評眼によって描ききった言葉は滋味で溢れている。サウンドはグライムの枠を軽々と越える多彩なアレンジが際立ち、幅広い層に届く訴求力が光る。そのような作品を30代後半で作りあげたという事実は、初期衝動や若さを消費するだけの聴き方がいかに退屈でもったいないかを私たちに示している。

 『Conflict Of Interest』からちょうど3年経った今年2月、ゲッツは最新アルバム『On Purpose, With Purpose』を発表した。現時点では、全英アルバム・チャート29位がピークであり、商業面では前作より厳しい状況に置かれている。そういう観点から見れば、失敗作と評する者もいるだろう。
 だが、筆者は本作を好む立場だ。若い頃の勢いはなく、前作ほどのインパクトも放ってはいない。それでも、"Blessings" "Hallelujah"といった曲でアフロビーツやアマピアノを追求するなど、冒険をやめない挑戦心が印象的な内容はもっと高く評価されてもいい。若いふりをせず、流行に媚びないスタンスで自身の表現を深めようと試みる姿は、グライムのレジェンドという称号に相応しい風格を漂わせている。

 こうした風格は、巧みなストーリーテリングや社会批評からもうかがえる。ウクライナを熱烈に支援する一方で、パレスチナで起こっているジェノサイドには冷淡な態度を取りつづける人たちの偽善性に触れた"Double Standards"などは、多くのことに注意を払いながら生きなければいけない大人としてどんな言葉を紡ぐべきか?と内観する誠実さが輝いている。サンファやケイノといった数多くのゲストがいるなかでも、ゲッツの言葉は埋もれず、リスナーの心に染みわたっていく。

 『On Purpose, With Purpose』は、優れた表現者が成功に安住せず、深化を求めた愚直さが目立つ快作だ。


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