Ghetts『Conflict Of Interest』


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 ゲッツはイギリスのプレイストーで生まれた。経済的に裕福でない家庭で育ち、さらには刑務所暮らしも経験するなど、紆余曲折な人生を歩んでいる。
 それでも、グライム黎明期から活躍するラッパーとして多くのリスペクトを集め、素晴らしい作品をいくつも残してきた。『Ghetto Gospel』(2007)と『Freedom Of Speech』(2008)という2つのミックステープはグライム・クラシックに数えられるし、自身の人生や社会に対する視点が滲む歌詞はリスナーを深い考察の旅にいざなってくれる。活動初期の作品群で見られる刹那的衝動は、歳を重ねるごとに後退していったかもしれない。とはいえ、代わりに思慮深さが重要な魅力となってきたのは、表現者として進化を続けている証だと思う。

 その進化は最新アルバム『Conflict Of Interest』でも顕著だ。本作の歌詞で扱われるテーマ自体は、ゲッツにとってそれほど珍しいものじゃない。ジェットコースターのような自らの人生を振りかえった“Hop Out”、自身のPTSDに関することをラップした“Fire And Brimstone”、タイトル通り自分を語った“Autobiography”など、内省に基づき言葉を紡ぐのはお馴染みの手法である。
 生活と社会の関わりを見つめる観点も同様だ。それがもっとも明確なのは、スケプタをゲストに迎えた“IC3”だろう。タイトルは黒人の容疑者を意味する警察用語で、歌詞は黒人がイギリスで生活していて向けられる眼差しや、不公平な扱いに苦しんでも自尊心を保つ方法がテーマだ。過去にゲッツは、多くの庶民を苦しめるイギリスの緊縮財政に反対の意を示すなど、政治/社会問題にも積極的に関わってきた。こうした姿勢をふまえても、本作において顕著な社会性や切実なメッセージも、従来の魅力がそのまま出たと言える。

 ここまで書いた内容が本作のすべてなら、わざわざ時間を割いて書こうとは思えなかったはずだ。しかし、いま筆者はこうしてPCの前に座り、文章を打ちこむ情熱に駆られている。そうさせるのはもちろん、本作がゲッツの新たな重要作だからだ。
 以前から頻繁に扱っていたテーマや視点が濃厚なのは間違いない。本作が素晴らしいのは、それらが飛躍的に進歩しているところだ。エミリー・サンデーが参加した“Sonya”のように、何かしらの問題を語るにしても、男性視点だけでなく女性の視点も上手く加えるなど、これまでよりも多角的な切り口が随所で目立つ。立場や人種、環境、性別といったさまざまな要素が複雑に絡むことで、味わう大変さや抑圧は形を変えるのだと、本作でのゲッツは雄弁に示す。このように表現者としてさらなる高みを掴んだ姿がとても眩しい。

 サウンド面も多くの試みが印象的だ。ヴァイオリン、チェロ、コントラバスといったストリングスを巧みに使った音色は多彩で、その音色をまとったトラック群も多様な要素が混在している。“Good Hearts”はスウィートなUKガラージで、“10,000 Tears”は昨今のイギリスにおいて盛りあがる一方のアフロスウィングな香りを醸す。全体的にはグライムやUKドリルが軸ではあるものの、細かいところで流行になびくだけじゃない独自性を強調しているのは心憎い。

 『Conflict Of Interest』は、光も闇も受けいれた者だけが描ける愛と希望を響かせる。生きる辛さをラップしても、次には苦しさを乗りきるための知恵や思考を示してくれる。苦難に埋もれずそのような作品を生みだしたゲッツに、盛大な祝福を。



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