踊らなきゃやってられない世の中を生きぬくために Jessie Ware 『That! Feels Good!』


ジェシー・ウェア『That! Feels Good!』のジャケット

 筆者にとってジェシー・ウェアは、ダブステップのシーンから出てきたシンガーというイメージだった。SBTRKTとの“Nervous”(2010)、サンファとの“Valentine”(2011)などはダブステップの要素が顕著で、その路線を拡張していくのだろうと思っていた。
 そうした雑感を持ちつつ、ファースト・アルバム『Devotion』(2012)を聴いたのだから、驚きを隠せなかったのは言うまでもない。このアルバムは、歌唱力で真っ向勝負するR&B/ソウル寄りの作品だった。時代を追うよりも、自身が表現したい音楽を深める道へ。それが『Devotion』で示されたウェアの意志だった。

 この姿勢がひとつの到達点に達した作品こそ、2020年発表の4thアルバム『What's Your Pleasure?』だ。ロウ・ハウス的な太い低域が強調されたキックを刻む“Save A Kiss”、ディスコやファンクの甘い果汁でいっぱいのダンス・ナンバー“Mirage (Don’t Stop)”など、心地よい横ノリが印象的な曲群は、いま聴いても筆者の耳をとらえて離さない。ジョルジオ・モロダーやドナ・サマーといったいくつもの偉大な先達のサウンドをモダンにアップデートした曲群は、心地よいグルーヴの波をリスナーに浴びせてくれる。

 そのような『What's Your Pleasure?』の方向性を深めたのが最新アルバム『That! Feels Good!』だ。本作も、ダニー・ハサウェイやスティーヴィー・ワンダーが脳裏に浮かぶサウンドでリスナーを楽しませてくれる。ソウル、ファンク、ディスコの要素が顕著で、歌声は官能的かつ妖艶。セクシュアルな香りを隠そうとはせず、開放的なフィーリングを終始漂わせる。
 とりわけ気にいった収録曲は“Free Yourself”だ。シンコペーションが効いたベース・ラインはイタロ・ディスコを、滑らかなストリングスの響きはフィラデルフィア・ソウルを想起させる一方で、スネアの連打やヘヴィーなキックの質感はファーリー・ジャックマスター・ファンク“Love Can't Turn Around”(1986)など、往年のシカゴ・ハウスに通じている。音色やフレーズといった細部を介してさまざまな要素が同時に鳴りひびく“Free Yourself”は、モダンな感性によって先達の遺産を蘇らせた良曲だ。

 陽気なヴァイブが強調されているのも本作の特徴である。キーがどんどん上がっていくウェアの歌声を楽しめる“Pearls”、カシアスあたりのフレンチ・ハウスを連想させる性急な肉感的グルーヴが素晴らしい“Freak Me Now”など、快楽や喜びを貪る曲が多い。
 こうした姿勢は歌詞にも表れている。クラブで得られる非日常や、コミュニティーの一員であると感じられることの嬉しさを尊ぶ“Beautiful People”は、わかりやすい例と言えるだろう。

 しかし、快楽や喜びを貪るだけではないのが本作の深さであり、魅力でもある。たとえば“Begin Again”では、多くの時間が労働に割かれている人々の嘆きを歌いながら、生きたいように生きようというメッセージが際立つ。
 このメッセージはさまざまな人たちにあてはまるものだ。ウェアの支持層であるセクシュアル・マイノリティーから、低賃金の仕事でぎりぎり踏んばりながら生きる労働者階級まで、多くの属性を包摂できる。
 そういう意味で『That! Feels Good!』は、踊らなきゃやっていけないと感じている人々を扇動し立ちあがらせる、ポリティカルな側面も備えた作品と言っていい。



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