Hatchie『Giving The World Away』


Hatchie『Giving The World Away』のジャケット


 オーストラリアのアーティスト、ハッチーことハリエット・ピルビームはドリーミーなサウンドを得意としてきた。その音楽性は多くの人々に称賛され、2019年のデビュー・アルバム『Keepsake』はThe Line of Best FitやDIYといったメディアにレヴューで高得点をあたえられた。

 そんなハッチーのセカンド・アルバムが『Giving The World Away』だ。音楽性は前作と地続きと言っていい。シンセサイザーを駆使した壮大で夢見心地なサウンドスケープは彼女が得意とするものである。コクトー・ツインズやケイト・ブッシュを想起させるメロディーとヴォーカルも相変わらずだ。リスナーを甘美なリヴァーブの海にいざない、キャッチーなメロディーで耳を掴んで離さない。

 このような本作のサウンドで最も耳を引いたのは、マッドチェスターを連想できる要素の多さだ。たとえば軽快なピアノリフとブレイクビーツが鳴り響く“This Enchanted”を聴くと、ハッピー・マンデーズの代表曲“Step On”(1990)が脳裏に浮かぶ。作品全体としても、ニュー・ファスト・オートマティック・ダフォディルズ、パリス・エンジェルズ、『Screamadelica』(1991)期のプライマル・スクリームに通じるアレンジが随所で飛びだす。本作を聴いて、ロックとダンス・ミュージックの邂逅によって新たな感性とサウンドが勃興していた、1980年代末から1990年代初頭のイギリスを思いだす者も少なくないだろう。
 とはいえ、まんまマッドチェスターの要素が鳴らすわけではない。プリズマイザー的なヴォーカル・エフェクトが施された“Thinking Of”を筆頭に、モダンなプロダクションを介して先達が残した音楽を滲ませている。ノスタルジーや過去の遺産だけに頼ることなく、自らの感性というフィルターをしっかり通しているのは好感ポイントだ。

 歌詞も本作の聴きどころだ。これまでよりも多面的な感情が歌われており、ひとつひとつの言葉に甘さと苦味が絶妙な割合で込められている。幼稚とは程遠い知的興奮をもたらしてくれる言葉は、表現者としてだけでなく、人としても深みが増した彼女の現在地を示す。



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