身勝手な欲望に釘を刺す 〜 映画『エクス・マキナ』〜



 第88回アカデミー賞の視覚効果賞を獲得した『エクス・マキナ』が、ようやく日本でも公開されました。結論から言うと、すごく面白いです。

 物語は、IT企業で働くケイレブに、社長のネイサンがある依頼をするところから大きく動きます。その依頼とは、女性型ロボットのエヴァに搭載されたAIのチューリング・テスト(※1)をしてほしいというもの。最初は、最新鋭のロボットに触れられる機会を得て喜ぶケイレブですが、テストを重ねるうちに、だんだん狂気にとらわれていきます。しまいにはネイサンの秘密を知ってしまったことで、とある疑念を抱き、腕を切ってしまう。ただ、そうした展開はエヴァの思惑が深く関係しており...といった話です。

 このように本作は、エヴァ、ケイレブ、ネイサンを中心としたサスペンス映画です。近未来SF的な世界観やエヴァのヴィジュアルばかり注目されがちですが、どんでん返しの連続である心理戦も魅力のひとつでしょう。

 ロバート・オッペンハイマーの言葉を引用したネイサンとケイレブの会話など、深い哲学的考察が随所で挟まれるのも面白い。ネイサンとケイレブは、現代のテクノロジーが持つ可能性と危険性を表すキャラクターでもあるので、鑑賞の際はふたりの言動に注目してほしいです。

 そして、フェミニズム的側面も本作の見逃せないポイント。これは先述したネイサンの秘密にも関わる話ですが、ネイサンはエヴァに自らの欲望を投影しています。ネイサンは自宅でAIの開発と実験を繰りかえしていますが、その理由は開発者としての好奇心だけでなく、男なら誰もが持つとされている欲望も深く関係している。その事実を見てしまったケイレブは、エヴァをネイサンの自宅から逃がそうとします。

 この行動は、ケイレブの正義感がそうさせているように見えますが、実はエヴァがそそのかしたこともひとつのキッカケです。ある日エヴァは、ケイレブにネイサンを信じてはいけないと告げます。話をするうちにエヴァと親密になっていたケイレブは、その言葉が頭から離れません。さらにケイレブはエヴァに誘惑されたと感じ、あの誘惑はエヴァにプログラムされた行為なのかとネイサンに問いつめます。しかしネイサンはそれを否定し、誘惑に乗ったケイレブの精神的弱さを非難します。このことからもわかるように、ケイレブもまた、エヴァに男としての欲望を投影しているのです。端的に言えば、エヴァに性的なまなざしを向けている。つまりケイレブとネイサンは、それぞれの形でエヴァに自らの欲望を投影したという点で、同じ穴のムジナと言えます。

 本作は、そうした身勝手な欲望に釘を刺す作品です。たとえば、ネイサンは知性だけでなく、力でもエヴァを押さえつけようとします。それはエヴァの謀反に対する行動からもわかるでしょう。エヴァが自宅から脱出しようとすると、ネイサンはダンベルの芯棒を持って鎮圧に乗りだします。そのときのネイサンは、まるで刑務所の看守みたいで面白いのですが、これも監督を務めたアレックス・ガーランドの計算なんでしょうか?

 それはともかく、力ある者がすべてを仕切るという考えが染みついてるネイサンは、家父長主義的な男と言えるでしょう。この部分を強調するかのように、サンドバッグで鍛えているネイサンのシーンが何度も登場しますからね。あれはおそらく、劇中においてネイサンは支配者の立場であることを観客に理解させるための表現です。家父長主義は、DVの原因だとする研究結果がいくつもあるため、主にフェミニズムの観点から批判されている考え方です。そんな家父長主義に対する抵抗を、エヴァの行動は表象していると思います。

 また、ケイレブのエヴァに対する性的なまなざしを観て、『ラブドールは胎児の夢を見るか?』という作品を想起しました。この作品は、ラブドールが妊娠した姿を収めた写真で、菅実花さんという方が発表したものです。“生殖”をテーマに制作したそうで、作品を観た人のなかには「妊婦はエロだよね」という男性もいたとか(※2)。ケイレブも、この男性と似た感覚を持っているように見えます。

 こうしたまなざしも、『エクス・マキナ』は批判的にとらえています。エヴァのケイレブに対する仕打ちに、“勝手にあなたの欲望を押しつけないで”というメッセージが込められているように見えたのは、筆者だけでしょうか?

 最近、秋元康が「アインシュタインよりディアナ・アグロン」というなんともバカな歌詞を書きましたが、その歌に傷ついたとする記事を先日読みました(※3)。その記事に印象的な一節があったので、以下に引用します。

 〈研究に没頭し、学ぶ喜びを味わう女性がいて何がいけないのだろう〉

 ほんとその通りですが、この言葉はエヴァを理解するうえで重要なヒントになりそうです。というのも、エヴァは学ぶことで自らの環境に疑問を持ち、ネイサンの家から脱出したいと願うようになったと思うからです。AIは、人工的に人と同じ知能を実現しようという試みから生まれたものです。そう考えるとエヴァの行動も、“人として生きるために”選んだものだと言えるでしょう。ネイサンの家父長主義的な抑圧も、ケイレブの性的なまなざしも、“自由”を求めるエヴァからすれば邪魔でしかなかったのかもしれません。正直、ケイレブの結末は少々かわいそうですが、“女性に向けられる抑圧やまなざし”を批判的に表現するうえでは、すごく効果的とも思います。

 『エクス・マキナ』は、多くの女性にとっては励まされた気持ちを感じられる作品です。ですが多くの男性にとっては、自らの愚かさと向きあう必要性を教えてくれる作品となるでしょう。



※1 : 人工知能のレベルを測る目的でおこなわれるテスト。考案したのはアラン・チューリング。彼を題材にした映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』も面白いので、ぜひ。

※2 : 詳しくは、『もしラブドールが「妊娠」したら…芸大院生が本当に伝えたかったこと』という記事を読んでみてください。http://withnews.jp/article/f0160421002qq000000000000000W01110101qq000013301A

※3 : 朝日新聞に掲載の『(声)「おバカでいい」の歌に傷ついた』を参考にしています。http://www.asahi.com/articles/DA3S12405722.html

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