The 1975『Notes On A Conditional Form』に訪れた運命のいたずら


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 イギリスのマンチェスターで結成された4人組バンド、ザ・1975の最新アルバム『Notes On A Conditional Form』を聴いている。
 もともと本作は、前作『A Brief Inquiry Into Online Relationships』(2018)と対になる作品として、2019年に発表予定だった。しかし、何度も延期を重ねた結果、2020年5月22日に世へ放たれることになった。

 ザ・1975の音楽を聴いてきた人からすれば、本作は馴染みのあるサウンドが多い。3拍目でスネアを強調するビートがもろにUKガラージな“Frail State Of Mind”、荘厳なストリングスと繊細な電子音が交わる“The End (Music For Cars)”などは、前作に収められていてもおかしくない。
 多彩を極める折衷的音楽性もこれまで通りだ。カントリー調のスティール・ギターが聞こえる“The Birthday Party”もあれば、“Then Because She Goes”ではライドに通じる甘いメロディーが印象的なシューゲイザーを鳴らす。特定のスタイルにこだわらず、さまざまな引きだしを使いこなす手腕は相変わらず上質だ。
 強いてお気に入りの曲を挙げるなら、フィービー・ブリジャーズを迎えたフォーク・ナンバー“Jesus Christ 2005 God Bless America”だろうか。シンプルなメロディーと幽玄なサウンドスケープがとても心地よく、繰りかえし聴きたくなる中毒性がある。ヴォーカルを前面に出していないミキシングの影響か、歌を聴くポップ・ソングというよりは、音像に浸るアンビエント・トラックとして楽しめる側面が強い。

 歌詞もサウンドと同じく多彩だ。環境活動家グレタ・トゥーンベリの語りをフィーチャーした“The 1975”や、バンドの強い繋がりを歌った“Guys”など、扱うテーマは幅広い。
 なかでも筆者が惹かれたのは“Jesus Christ 2005 God Bless America”の歌詞だ。男性に恋する男性の視点をマシュー・ヒーリーが歌い、女性に恋する女性の視点をフィービーが紡ぐ内容は、感情の機微を上手く描いている。同性愛に否定的なキリスト教への当てつけを滲ませたりと、痛烈な皮肉もおもしろい。

 歌詞といえば、本作はマシューのリリシズムが進化したことを告げるアルバムでもある。これまでのマシューは、バンドのフロントマンとしてインタヴューなどで大口を叩き、歌詞も大仰な表現が目立っていた。
 ところが、本作ではこの大仰さがだいぶ後退している。より個人的で、かつ複雑な感情をとらえようとする注意深さが際立つ。1曲1曲のストーリー性が丁寧に編まれ、そのおかげで歌われる人物像がはっきりと浮かびあがってくる。
 こうした聴感覚は、マシューが影響を受けたと公言するザ・ストリーツの作品を聴いて味わえるものに近い。ザ・ストリーツことマイク・スキナーも、人物像が明確な歌詞とそれを可能にする秀逸な言葉選びが持ち味のラッパーだ。そんなイギリスの偉大なリリシストに迫る言語感覚は、本作最大の魅力と言っていい。

 本作の曲たちが描く物語を聴いて、統一性がないと思う人もいるだろう。実際、PasteThe Line Of Best Fitなど、統一性のなさを指摘するメディアもいくつかある。だが筆者は、統一性のなさこそが同時代的で、興味深いと感じた。

 新型コロナウイルスが世界的に大流行する現在、コミュニケーションソフトウェアのZoomを用いた会議があたりまえにおこなわれている。そのせいか、仕事上可能であれば在宅勤務を選ぶ人も多くなってきた。筆者もそのなかのひとりだ。
 Zoomを使った会議では、まるでいくつものテレビを同時視聴している錯覚に襲われる。これはおそらく、ひとつの画面上に複数の人が表示され、誰か喋っている間も他の人の表情を見れるからだろう。居る場所はそれぞれ異なるのに、話を進めるうちに同じ場所で語りあっているかのような一体感が画面上で生まれるのは、とても不思議な感覚だ。この感覚を上手く活かした“Zoom”という曲のMVが作られたりと、刺激的な表現もどんどん出てきている。
 ちなみに“Zoom”は曲自体もグッドだ。Valknee、なみちえ、あっこゴリラ、ASOBOiSM、田島ハルコ、Marukidoといった日本のラッパーやアーティストがマイクリレーで発する言葉は、多くの人たちが共振できる現代性を醸す。

 そんな“Zoom”の現代性を本作も備えている。収められた曲の物語に繋がりはなく、物語を彩るサウンドもバラバラだ。それでも、作品を聴きすすめるうちに、世界の至るところから発せられる声という名の繋がりが徐々に現れ、点が線になっていく。それこそ、Zoomを使ってるときのように。
 世界の至るところから発せられる声と感じるのは、グレタ・トゥーンベリが参加した“The 1975”で幕を開け、セクシュアル・マイノリティーやメンタルヘルスといった現代的問題を取りあげた曲が多い影響は少なからずある。また、新型コロナウイルスが世界的に大流行していなければ、Zoomとの共通点を本作に見ることだってなかったかもしれない。
 そもそも本作は、先述したように大流行前の2019年に発表予定だった作品だ。予定通りにリリースされていたら、前作の方向性を深化させた良作と評すだけで終わっていた可能性もあっただろう。

 そのような巡りあわせのいたずらを味わえるという意味でも、『Notes On A Conditional Form』は独特な作品だ。
 そしてこの独特さは、あらゆる表現は社会と密接な関係にあると示している。この事実を受けいれる覚悟があったおかげで、The 1975は偶然を引き寄せるチャンスに恵まれ、時代そのものになった。



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