繊細な詩情と音楽への愛情が紡ぐ、庶民の慟哭 Big Special『Postindustrial Hometown Blues』


Big Special『Postindustrial Hometown Blues』のジャケット

 ビッグ・スペシャルは、バーミンガム出身の労働者階級であるジョー・ヒックリンとカラム・モロニーによって結成されたユニット。共にアーティストとして短くない下積み期間を経て、デビュー・アルバム『Postindustrial Hometown Blues』のリリースに漕ぎつけた。
 こうした背景ゆえか、本作は初期衝動で溢れる作品とは言えない。酸いも甘いも噛みわけた者だけが生みだせる冷徹な批評眼と、確固たる視座が際立っている。労働者階級の視点から詩を紡ぎ、音を響かせる。八方美人的に媚びを売ることはせず、自身が見てきた風景を描写していく。悲観に浸ることはしないが、曖昧な希望に基づく楽観を示すわけでもない。

 そういう意味で本作は、現実的な言葉が並ぶ作品と評せる。ヒックリンの歌は階級、メンタルヘルス、経済格差、宗教などさまざまなトピックを行き来しているが、明確な答えを示すことはない。いくつもの困難をもたらす社会構造に対する反応が記されているだけだ。
 このような言葉選びには、どれだけ手を尽くしたとしても、個人の力だけではどうにもならないことがあるという厳然たる事実を無視しない誠実さがうかがえる。そんな誠実さに基づいて言葉を吐きだしているからこそ、本作の歌詞には絶大なリアリティーが宿り、多くの共感と注目が集まったのだ。個人の力には限界がある。それでも、自分がコントロールできることもあり、まずはそこから始めようじゃないか。そう言いたげなプロテストを打ちだした本作には、たくさんの物事を見てきた大人の反抗心が滲んでいる。

 自分にできることをやった結果、ビッグ・スペシャルのデビュー・アルバムはとても素晴らしいものに仕上がった。ポスト・パンク、ヒップホップ、 ブルース、インダストリアルといった要素が漂うサウンドは、音楽への愛情を隠さない。労働者階級の視座が濃厚な歌詞は、ウィルフレッド・オーウェンやシーグフリード・サスーンという20世紀の戦争詩に通じる機微の描写を感じさせる。そこには音楽、詩、文学に向けられたリスペクトと、その想いを自らの表現としてアウトプットできる喜びがちらつく。
 これらの魅力は、自分たちの声が完全に無視されているわけではないという希望として、辛辣な言葉が目立つ本作において確かな光となっている。そのおかげで、聴きおわったあと暗澹たる気持ちに陥ることはなかった。

 矛先を向ける対象を見誤らない知性と、対象の問題を抉りだす力強い眼差しが印象的な『Postindustrial Hometown Blues』は、ザ・フォールやマニック・ストリート・プリーチャーズなど労働者階級による音楽という文脈が輩出した新たな傑作だ。しかし、本作の言葉とサウンドはその文脈に詳しくない者も共鳴できる。取りあげられている問題のほとんどは、イギリス以外の国々でも顕著なのだから。


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