ドラマ『ブラック・ミラー』シーズン5〜「ストライキング・ヴァイパーズ」



 最初に言っておく。筆者にとって、人気ドラマシリーズ『ブラック・ミラー』のピークは、シーズン3の第4話「サン・ジュニペロ」である。脚本を務めたチャーリー・ブルッカーの背景と、それに依拠したドラマティックな理想を掲げる物語に、心を撃ち抜かれてしまった。

 もちろんシーズン4もおもしろかったし、インタラクティブ映画としてネットフリックスが配信した『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』は意欲作だと思う。とはいえ、刺激に溢れるものかと訊かれたら、Noと言うだろう。たとえば『ブラック・ミラー:バンダースナッチ』は、視聴者が物語の選択肢を選べるという仕組みが話題になった。選択によっては登場人物が死に至ることもあるなど、神の視点を持つがゆえの罪悪感を抱かせる。
 だがその手法は、『街』や『428』といったサウンドノベルにハマっていた筆者からすると、特に目新しいアイディアではなかった。これらのゲームも、プレイヤーの選択によって物語が変わる作品だからだ。いくら制作スタッフが新しさをアピールしても、それを語る言葉に完全同意はできなかった。

 そうしたこともあり、今月5日から配信されたシーズン5はあまり期待していなかった。全3話という少なさも、ネタ切れだろうか?と思わせた。しかし蓋を開けてみると、興味深い点が多い。
 なかでも特筆したいのは、アンソニー・マッキー主演の第1話「ストライキング・ヴァイパーズ」だ。VR用のデバイスを頭につけ、ゲームの世界に入ったことで思わぬ出来事が起きてしまう物語である。この物語で目を引かれたのは、ジェンダーの錯乱をテーマにしているところだ。友人同士であるダニー(アンソニー・マッキー)とカール(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)が格闘ゲームの世界に入り、それぞれランス(ルーディー・リン)とロクセット(ポム・クレメンティーフ)というキャラクターになる。最初はゲームに興じていたが、なんとセックスをしてしまう。このことがキッカケで、ダニーとカールはゲーム内で情事を重ねるようになる。

 見逃せないのは情事の背景だ。ダニーとカールは共に男で、現実世界では互いに性的魅力を感じていない。実際に劇中では、それを明確に示すシーンもある。ゲーム世界でセックスを繰りかえした後、ダニーとカールは自らの気持ちを確かめるため、現実世界でキスをするのがそれだ。しかし、そのときはなにも感じない。
 このシーンが示すのは、ダニーの性的衝動がカールではなく、カールが演じる女性キャラクターのロクセットに向けられているということだ。つまり、ダニーにとってゲーム内でのセックスは自慰的行為であり、人間ではなく人形とやっている感覚に近い。

 一方のカールは少々事情が異なる。ゲーム・キャラクターでのセックスに快感を抱く点はダニーと共通する。しかしカールの場合、その快感をロクセットという女体を通して味わっているのだ。当然性器の形は違うため、快感も男体とは違う形で入ってくる。このことに対する戸惑いをカールは隠さない。ダニーからゲーム内でのセックスをやめたいと告げられた後の行動などに、それは顕著に表れている。
 現実でもゲームでもダニーと会わなくなったカールは、他のプレイヤーとゲーム内でセックスをしたりと、代わりになる快感を求める。ある日、ダニーと再会したカールは、代わりの快感を探しまわったことを告げる。どれだけゲーム内でセックスしても、お前を忘れることができなかったと。その様子は愛の告白に近く、ダニーも困惑するしかなかった。ところが根負けする形で、ダニーは久々にカールとゲーム内でセックスをしてしまう。

 このやりとりのあと、先に書いた現実世界でのキス・シーンが描かれる。これまた先述したように、ダニーはなにも感じなかったが、カールの様子は毛色が違う。口づけを交わし、一応は何も感じなかったと納得する。しかしすぐさま態度が変わる。あの快感が脳に記憶されてしまったため、これからもゲーム内でセックスをしたいと言うのだ。ならば忘れさせてやると、ダニーはカールに殴りかかる。
 こうした一連の流れから察するに、カールはまだジェンダーの錯乱状態にある。ダニーとは違い、女体の快感を味わったがゆえに、それまで確固たるものだったはずの男性性が揺らいでいるのだ。

 そんなカールの様子を見て、筆者が連想したのはジュディス・バトラーである。1988年、バトラーは『パフォーマティヴ・アクトとジェンダーの構成(Performative Acts and Gender Constitution)』という論文を発表した。その論文によれば、ジェンダーとは行為を反復することで形成されるという。いわゆる〝男らしさ〟や〝女らしさ〟は生まれつきのものではなく、社会がそう決めつけている立ち居振る舞いを繰りかえすことで作られる。
 この視点に依拠すれば、カールに生じる問題を理解できるだろう。男であるカールは、ロクセットというキャラクターを通して、女性的行為を反復した。そのことで、これまで自らを形成していた男性性にひびが入り、ジェンダーの錯乱状態に陥ったのだ。

 「ストライキング・ヴァイパーズ」は、ジェンダーの錯乱状態に対する明確な答えを出さないまま、幕を閉じる。ゲームの世界では快感を抱く理由も、はっきり示さない。そうした曖昧さに不満を抱くのは理解できる。
 とはいえ、〝男らしさ〟や〝女らしさ〟なんて容易に揺らぐとラディカルに示す物語は、とても刺激的だ。ジェンダーというアイデンティティーのみならず、愛する対象だって変わることがあるし、変わってもいい。そうしたメッセージを匂わせる物語に触れ、心が軽くなる者もいるはずだ。



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ポップ・カルチャーが大好きなフリーライター/編集。批評スタイルは「群れずに是々非々」。主な仕事のまとめ : http://masayakondo.strikingly.com/ 連絡先 : acidhouse19880727@gmail.com
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