Slowthai『Tyron』が鳴らす、過ちとの向きあい方


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 イギリスのノーサンプトンから出てきたラッパー、スロウタイが2019年にリリースしたデビュー・アルバム『Nothing Great About Britain』は本当に素晴らしい作品だった。ヒップホップのみならず、インダストリアルやパンクなどさまざまな要素を掛けあわせたサウンドに乗せて、イギリスに対する愛憎を皮肉も交えながら表現している。それはさながら哀しみ色の喜劇と言えるユーモアであり、公営住宅団地で育った労働者階級という背景が色濃く滲むものだ。

 全英アルバムチャート9位を記録したこの作品の成功によって、スロウタイは文字通りスターとなった。マーキュリー・プライズ2019のステージでボリス・ジョンソンの生首を掲げたパフォーマンスなど、いまや一挙手一投足がニュースとして報じられる存在にまで登りつめた。

 一方で、スロウタイはつまずきも目立つ男だ。なかでも、2020年のNMEアワードにおける女性蔑視な言動が批判されたのは、代表例のひとつだろう。
 この事件は多くの人たちに少なくない衝撃をあたえた。スロウタイといえば、“Ladies”のMVで男性性の愚かさを上手く表現し、イギリスのテレビ局チャンネル4のインタヴューでは有害な男らしさに批判的姿勢を示すなど、偏見にまみれた性役割(ジェンダー)とは距離を置く人物と思われていたからだ。
 批判が寄せられた後、スロウタイはTwitterに謝罪文を投稿した。行動は批判されて当然だが、過ちを素直に認められる真面目さは評価できる。

 NMEアワードでの出来事は、セカンド・アルバム『Tyron』にも深く影響を及ぼしている。特に“Cancelled”はそれが顕著だ。スケプタをゲストに迎えたこの曲で、スロウタイはキャンセル・カルチャー(個人や組織などの言動を糾弾し、ボイコットするよう呼びかける動きを指す言葉)を痛烈に批判する。ドラッグにハマるなど、数々の過ちを乗りこえながら生きてきたスロウタイにとって、ひとつの間違いで人格を全否定することも多いキャンセル・カルチャーの危険性は、無視できなかったのかもしれない。

 スロウタイいわく、『Tyron』は人生の困難な時期に制作されたという。その影響か、作品全体を通してダウナーなフィーリングが漂っている。代表曲の“Doorman”みたいな速いグルーヴを特徴とする曲はない。
 サウンドは前作から大きく変わり、ヒップホップ色が鮮明な統一感が印象的だ。ジェイムス・ブレイクやマウント・キンビーといった多くのゲストも、作品のサウンドを方向づける決定的仕事はしていない。正直、音の面では飛びぬけたところは少なく、革新性や驚きもほとんど見られない。

 それでも、筆者にとって『Tyron』はとても興味深い作品だ。学びを忘れず、より良い人間になりたいというスロウタイの泥臭さが表れた歌詞には、アカデミー監督賞の歴代受賞者が束になってもなかなか生みだせないドラマティックさと叙情性、さらには聴き手の深い思索をいざなう視座があるのだから。人が人を罰する意味や、過ちを受けとめる大変さなど、『Tyron』は私たちに多くの問題を示す。

 スロウタイはたくさん間違ってきたが、そのような過去を隠さず、音楽を通して自らの変化を証明しようとする不器用さは、見届ける価値がある。それだけは間違いない。




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