TangBadVoice『Not A Rapper』から見る、アジアのポップ・ミュージックに込められた反骨精神


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 日本や韓国以外のアジアで作られたポップ・ミュージックを本格的に聴きはじめたのは、2017年ごろからだ。台湾のMeuko! Meuko!などを入口に、さまざまな作品を片っ端から聴いてきた。
 そのなかで気づいたのは、生活やその背景にある社会を意識した作品が多いということだ。一要素として滲ませるものから、2020年のベスト・アルバムで7位に選んだBawal Clan & Owfuck『Ligtas』のように、政治/社会性を直接的に表現した作品もある。サウンドのクオリティーも高く、聴いていて飽きない多彩さが際立つ。

 そうした勢いは日本のヒップホップの一部も巻きこんでいる。たとえばタイのラッパーであるPyraは、インドネシアのRamengvrlと日本の大門弥生もフィーチャーした“Yellow Fever”(2021)を発表し、話題を集めた。この曲はアジア人に対する偏見と差別をテーマにしており、女性差別やポルノなど多くの事柄に怒りの声を向けている。国境にとらわれない連帯という意味でも、ぜひ聴いてもらいたい曲だ。

 Pyraをはじめ、タイには素晴らしい音楽を鳴らすラッパーが多い。本稿の主役であるTangBadVoiceもそのひとりだ。もともと彼は撮影監督や写真家として知られていたが、2020年リリースのデビューEP「โนวันเพลย์วิทมี(No One Plays With Me)」がヒットしたことで、ラッパーとしての才能も知れわたった。このEPはNME ASIAの2020年ベスト・アジア・アルバムに選ばれるなど、批評面でも高評価を得ている。

 そんなTangBadVoiceのファースト・アルバムが『Not A Rapper』だ。サウンドに耳を傾けると、TangBadVoiceの豊富な音楽的引きだしがわかるだろう。スウィートな響きのシンセによるメロディーを楽しめる“หวัดหรือหวิด (Vhad Ru Vhid)”、ヘヴィーな低音が響きわたる“ลิ้นติดไฟ(Lin Tid Fire)”、ファンクの要素が強いベースを打ちだした“ฉันอยากได้ยิน(Chun Yak Dai Yin)”など、曲調は多彩を極めている。

 音にしか興味がない者は、そうした側面を呑気に楽しむだけかもしれない。しかし、言葉も重要な筆者からすると、本作を聴いてシリアスな気持ちになるしかなかった。“หมากแพง (Mhak Phaang)”は、汚い政治家をおちょくる歌詞が印象的だ。さらに“เหตุด่วน (urgent)”は権力の横暴を暴きだし、ラストの“ได้ป่าว (Dai Pao Freestyle Session)”では家父長制や差別にNOを突きつける。
 音の気持ちよさや親しみやすい旋律といった快楽性が目立つサウンドに対し、言葉は鋭い社会批評とそれを可能にする反骨精神でいっぱいだ。

 『Not A Rapper』は、大規模な反政府運動が起こるなど、タイの現状を背景とした曲が多い。だが、その現状に抵抗する言葉から発せられる切実な想いや憤りは、住む国を問わず共鳴できるものだ。




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