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音楽レヴュー

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音楽作品のレヴューです
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記事一覧

セシル・ロバート

 セシル・ロバートのYouTubeチャンネルを見つけて以降、そこにアップされている音源を聴くことが多い今日この頃。セシルがアップしているのは、トーキング・ヘッズやティアーズ・フォー・フィアーズといった数々の名曲を、誰もいないショッピングセンターで流れている風に加工したものなど、一風変わった音源が多い。このフェティシズムは加速するばかりで、今月には音飛び風のジョイ・ディヴィジョン“Love Will

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Young Fathers『Cocoa Sugar』



 アマルティア・センは、2006年の著書『Identity And Violence: The Illusion Of Destiny』(※1)において、単一のアイデンティティーに帰属するという幻想を打ち破ろうと試みた。経済格差やそれに伴う貧困が誘因となって、テロや暴力の連鎖が生まれてしまう状況を憂いたからだ。そうした状況に対する処方箋として、センは「アイデンティティーの複数性」というキーワー

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Superorganism『Superorganism』



 スーパーオーガニズムは、アメリカのハイスクールに通っていた日本人のオロノ(ヴォーカル)が、ニュージーランドのジ・エヴァーソンズというバンドのメンバーと交流を重ねるなかで、2017年に結成されたバンドだ。彼らは凄まじいスピードで注目を集めていったが、その過程で音楽性についてはあまり語られてこなかった。イギリス、ニュージーランド、オーストラリア、韓国、日本という様々なバックボーンを持つ8人が集結

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MGMT『Little Dark Age』



 アンドリュー・ヴァンウィンガーデンとベン・ゴールドワッサーによるアメリカのポップ・デュオMGMTは、活動当初から厭世的な態度を隠さなかった。それはファースト・アルバム『Oracular Spectacular』のアート・ワークを見てもわかるだろう。内ジャケに映るふたりが、苦々しい表情を浮かべながら、オイルまみれの紙幣をつまむ姿を覚えている者も多いはずだ。もちろん、そうした態度は音楽にも表れて

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フランツ・フェルディナンド『Always Ascending』 を聴いて、見えてきたもの 〜 ペトラ・コリンズ、シャッフル・ジェネレーション、サウス・ロンドン 〜



 刺激を受けている表現者のひとりに、ペトラ・コリンズという女性がいる。1992年に生まれたペトラは、タヴィ・ゲヴィンソンとの仕事などで知名度を高めたフォトグラファー。いまにもモデルの息遣いが聞こえてきそうな写真はとても生々しく、太ももにあざがある女性を被写体に選ぶセンスは、ありのままの姿の女性を肯定するという意味でフェミニズム的要素もある。いまではi-DやVOGUEといった有名雑誌にも写真を提

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おすすめの10曲 ♯4

 今回は“マンチェスター”をテーマに10曲選びました。そうしたのは、「All The Things I Never Said」という素晴らしいデビューEPを発表したばかりのペイル・ウェイヴスがマンチェスター出身だからです。便宜的にいえばロックなんでしょうけど、キラキラとしたシンセ・サウンドが際立ち、全体的にはベリンダ・カーライルあたりの80'sポップを彷彿させる。“The Tide”ではトラップの

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おすすめの10曲 ♯3

今回は“ヤングブラード”というアーティストをテーマに、Spotifyのプレイリストを作りました。彼は先月にデビューEP「Yungblud」をリリースした新人です。イギリス・ドンカスター出身の19歳で、本名はドミニク・ハリソンという。

そんなドミニクの音楽的嗜好を調べてみると、これまた興味深い面々。アークティック・モンキーズ、ケンドリック・ラマー、ロード、エミネム、クラッシュ、ケイト・テンペスト、

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おすすめ10曲 ♯2

 今回は“ハウス・クラシック”というテーマでSpotifyのプレイリストを作りました。きっかけは、ロンドンを拠点とするJosh CaffeのニューEP「Black Magik Dawn, Pt. 1」が良かったから。Frankie KnucklesやMr.Fingersに通じるハウス・ミュージックだけど、ベースの使い方にダブステップ以降のモダンな感性があったりと、面白い作品です。僕にとってJosh

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おすすめ10曲 ♯1

 今日から、不定期でSpotifyのプレイリストをアップしようと思います。以前アップしていたときは、ライター/編集の仕事が予想以上に忙しく更新できなくなったので、ペースを維持できるか少々不安ですが……。とはいえ、新たな音楽を聴くきっかけになればと思い、また始めました。テーマはその時々で変わり、毎回“なぜこのようなプレイリストにしたのか?”という理由を簡単に書いていこうと考えております。

 さて、

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わたしの2017年

 2017年も、フリーのライター/編集としてなんとか活動できました。ライター活動を始めたのが2010年だから、この仕事は今年で8年目ということになる。正直、ここまでやれるとは思っていなかった。毎月どこかで書かせてもらい、それで得たお金で生活をすることに、いまだ馴れません。
 読者から感想をいだたくことも、素直に嬉しいと思いつつ、居心地の悪いが拭えない。主にクラブ、ライヴハウス、レコード店などで感想

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2017年ベスト・アルバム50

 イギリスの音楽シーンを熱心に追いかけていた……というのは毎年のことなのですが、それ以外だとボツワナのメタル・シーンにハマりました。なかでも興味深かったのは、“Queens Of Marok”と呼ばれる女性のメタルファンです。ボツワナは、女性差別が根強い国としても知られています。2013年には、遺産相続の女性差別的な仕組みに怒った4姉妹が裁判で勝訴したというニュースもあったように、社会だけでなく制

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2017年ベスト・トラック20

ベスト・トラックは20曲選びました。選考基準は、ベスト・アルバム同様、作品の質と何かしらの同時代性が見いだせることを重視しております。最後のほうに、Spotifyのプレイリストがあるので、興味を持ったらぜひ聴いてみてください。Spotifyにない曲は、それぞれリンクを貼っています。

20

Jack Roland
「We Could Care Less By Now」

硬質なエレクトロ・ビート

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NY発のアシッド・ハウス・バンド 〜 Dust『Agony Planet』〜



 ニューヨークを拠点に活動する3人組、ダストを知ったキッカケは、2012年にリリースされたシングル「Onset Of Decimation」だった。オービタルを想起させるトランシーで煌びやかなシンセ・フレーズがダンスフロアに降り立った瞬間、筆者の心は飛ばされてしまった。音数は少なく、キャッチーといえる曲ではないが、原始的なヴォーカルには高い中毒性があった。

 その後、〈Low Life In

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忙しない現代社会を描いた電子音 〜 Antwood『Sponsored Content』〜



 カナダを拠点に活動するアントウッドことトリスタン・ドウグラスは、2016年にファースト・アルバム『Virtuous.scr』をリリースした。ベース・ミュージック、IDM、トランスといった音楽を撹拌し、アーティフィシャルな金属音やシンセ・サウンドを響かせる内容は驚きで満ちている。人工知能にインスパイアされたというコンセプトもひとつの物語を感じさせ、筆者の心をわし掴みにした。

 そんなアントウ

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