心理療法研究の価値を高める (前編)
このレポートは、Japanese Community for Open and Reproducible Scienceのアドベントカレンダー企画用に作成しました。
−Photo by Ian Schneider on Unsplash
問題意識
日本の心理療法研究では、厳格な臨床試験によりエビデンスを示すことが、ほとんどできていません。心理学者による臨床試験は、無きに等しいほどです。心理的な介入の科学に取り組む仲間をたくさん作りたい。そして、臨床心理学から、価値のある知を生み出し、もっと多くの人のお役に立ちたい。科学を賢く丁寧に使い倒し、日本の心理療法の研究をベースアップしたい。そう願っています。
幸か不幸か、世界的にみても、心理療法の科学性は改善の余地が大きくあります。今回の2日連続のアドベントカレンダー企画では、以下の論文の内容をかみ砕いて紹介することで、後進の日本での研究が一歩進めたら、と願っています。
紹介する論文
以下の論文を紹介します。この論文、挑発的なトーンで、読んでいてドキドキします。
Cristea, I. A., & Naudet, F. (2019). Increase value and reduce waste in research on psychological therapies. Behaviour research and therapy, 123, 103479. https://doi.org/10.1016/j.brat.2019.103479
筆頭著者はイタリアのパヴィア大学に所属する気鋭の臨床心理学者で、数々のメタ解析を出版しています。もうひとりの著者は、フランスのレンヌ大学の精神科医で、やはりメタ解析やオープンサイエンスを専門とされています。さまざまな臨床試験をまさにメタ的に研究してきたからこその、臨床心理学の科学性の低さへの痛烈な批判を味わえる論文となっています。これまでの心理療法研究のムダの多さを省みることで、オープンサイエンスが必要な理由が見えてきます。以下、伊藤がこの論文の執筆者になったつもりで、書いてみます。
(※精確な情報は原典にあたってください。わかりやすさを重視して、原典から話の流れや内容を少し変えている部分もあります)
心理療法研究の価値を高め、無駄を減らす
2014年のLancet誌において、生物医学研究の再現可能性の危機が大きく取り上げられました。85%もの論文がムダだと切り捨てたこれらの論点は、心理療法研究にも大いに当てはまります。その論点は、以下の5つです。
1.重要な疑問に基づく研究がされているか
2.適切なデザイン、解析、報告がされているか
3.研究の規制や管理が効率的にされているか
4.研究情報は十分にアクセス可能か
5.研究報告はバイアスがなく、利用可能か
重要な疑問に基づく研究がされているか
心理療法研究においては、「なぜ効くか」という作用機序を明らかにすることが重要です。これは、Lancet Psychiatry誌のポジションペーパーでも指摘されています。実験精神病理学experimental psychopathologyはまさにそれが期待される領域です。この実験精神病理学の研究は、残念ながら、現在のところは科学性の高い方法論で検証されているとは言いきれないようです。事例が2つあります。
ひとつは、注意バイアス修正Attention Bias Modification(ABM)介入があります。この研究では、不安症の精神病理には注意バイアスの作用機序があると想定し、それを操作するような介入によって、不安症が改善することを健常者で示しました。しかし、当初の華々しい報告は、他の研究グループによる追試では再現できなかったり、臨床群を対象とした臨床試験では効果が検証されなかったりと、後の研究でその有効性が疑われるようになりました。
もう一つ、記憶の再固定化memory reconsolidationの研究も、実験精神病理学の研究として有名です。この研究は、テトリスでPTSDを防げるとしてメディアでも話題になりました。しかし、トラウマティックな出来事に対してテトリスが”認知的ワクチン”になりうる、という甚だしい誤解を招く表現をした研究者らに対して、筆者ら(Cristeaら)は痛烈に批判しています。なぜなら、この研究では、トラウマ被害者に対してフラッシュバック症状を1週間しか追っていなかったためです。また、筆者ら(Cristeaら)がデータを再解析したところ、原論文とは全く異なる結果として解釈されました。PTSDは症状が一ヶ月持続しないと診断基準に該当しませんし、遅延顕症の(トラウマ体験からかなりの時間を経過した後に発症する)PTSDもあるため、テトリスが症状を予防したのか、ただ発症を遅延させたかは判断がつかないと言えます。
重要な疑問に基づく研究がされているか、という視点でいうと、患者自身が大事だと思う側面がどれだけ研究で考慮されているか、も重要であると考えられます。しかしながら、既存の研究では、患者自身が研究のデザインに参加して、そこでアウトカムや比較対象が検討されるような試みはとても少ないのが現状です。
適切なデザイン、解析、報告がされているか
「有効でない心理療法を、有効だと証明する方法」という論文(Cuijipers & Crestea, 2016)があります。この論文では、皮肉を込めて、有効性をでっち上げるエッセンスを紹介しています。以下の3カテゴリがあります。
結果が出そうなデザインや試験運用をする
① 割付がばれないようにする努力を、わざと怠る
② 評価者の割付を行わない
③ たくさんアウトカムをとって、結果が出たのだけ報告する
④ 治療完遂者のみで解析する
⑤ ネガティブな結果が出た場合、公表しない
初期段階では許容されるデザインを検証フェーズでも用いる
① ウェイトリストを対照群とする
② 小さなサンプルサイズ
③ 有効であると知られている治療と比較しない
それ自体問題ではないが、いい方向に影響をあたえるような振る舞いをする
① 介入に関して期待を煽る(本を書く、講演をする、メディアでいい事例を喧伝する)
心理療法の有効性試験が不適切に実施されている例はとても多くあります。心理療法のメタ解析を見ると、バイアスのリスクが低いと評価される研究は少数になります。そして、バイアスのリスクが低い(質の高い)研究では、効果が低めに報告されることもわかっています。つまり、効果が高いと論文で報告していても、研究デザインが貧弱でバイアスが掛かっているために、効果が高くなっている可能性が指摘できます。
選択的報告(※よい結果だけを公表すること)をしているかどうかを判断するには、当初の研究計画を知る必要があります。それを可能とするために、研究前に臨床試験登録が義務付けられるようになってきました。しかし、うつ病に対するCBTでは、適切に事前登録をしていたのは20%で、事前登録した通りに主要評価項目を報告したのは14%に過ぎませんでした(Shinohara, et al., 2015) 。さらに驚くべきは、臨床心理学のトップ5のジャーナルを調査したところ、選択的報告をしていないと判定できた臨床試験は、なんと4.5%でした(Bradley, Rucklidge, & Mulder, 2017) 。
対照群にウェイトリスト群を設定するのも不適切な研究デザインです。ウェイトリスト群は、通常治療やプラセボといった対照群よりも効果が低く、介入の効果を過大に示す傾向があります。
サンプルサイズが小さい研究は効果が過大に出やすいようです。これは”小さい研究効果 small study effect”と呼ばれます。心理療法に関するメタ解析の3〜4割は、この効果のバイアスを受けているとも言われています(Dragioti, Karathanos, Gerdle, & Evangelou, 2017) 。
不適切なデザインの研究を除く処理をしていった時、治療効果がどのくらい変わるかを調べた研究があります。うつ病に対する心理療法の効果サイズHedges’ gは、以下の通りでした(Cuijpers, et al., 2019)。
何の処理もしない場合 0.63 (325ペアの比較)
ウェイトリスト対照を除外 0.51 (179ペアの比較)
バイアスリスク低い研究に限定 0.31 (84ペアの比較)
実験者効果researcher allegianceも、バイアスを生むとされています。これはいわば、知的な側面での利益相反conflict of interestです。重要なCOIは、他にもいくつもあります。一つは、開発した心理療法から経済的な利益を得るような場合です。例えば、アカデミアから起業するような場合や、ベンチャー企業に専門家として参画したり、治療者訓練をしたり、非営利団体を設立する場合も含まれます。あるいは、研究資金の出資元に好ましい結果を報告するようなスポンサーシップバイアスもあります。抗うつ薬の治療では、製薬会社が研究資金を出している研究では、心理療法よりも薬物療法のほうが有効であるという結果が出される傾向もあります(Cristea, Gentili, Pietrini, & Cuijpers, 2017b) 。
後半はまた、別の記事としてアップします。
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