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臨床心理科学における質の高い出版実践へ

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このレポートは、Japanese Community for Open and Reproducible Scienceのアドベントカレンダー企画用に作成しました。以下の論文は、オープンサイエンスを促進させるために、論文が生まれてから羽ばたくまでの研究ライフサイクルの各プロセスで取り組める工夫が散りばめられております。たくさんの人や組織が、それぞれの持ち場で工夫できること、です。以下、簡単に内容と私の感想をお伝えします。

Waters, A. M., LeBeau, R. T., Young, K. S., Dowell, T. L., & Ryan, K. M. (2020). Towards the enhancement of quality publication practices in clinical psychological science. Behaviour research and therapy, 124, 103499.

研究ライフサイクルのプロセスで工夫できること

 研究が公表されるまでには、一連のプロセスがあります。
  ①研究計画を立て、研究資金を得る
  ②研究を実施、データを収集し、解析する
  ③論文を執筆し、査読を受け、出版する
 
 どのプロセスでも、質の高い出版実践(Quality Publication Practice; QPP)を高める工夫ができます。Fig.1に、その要点を見て取ることができます。

Fig 1. 研究デザインから出版までの経過において再現性を高めるためにとれる戦略 (Waters et al., 2020).001

質の高い出版フレームワーク

Fig.1のそれぞれのプロセスにおいて、研究者、資金提供機関、研究機関、ジャーナル、著者、レビュアーがそれぞれの立場や役割として、QPPを高める工夫をできます。原論文ではFig.2として描かれていますが、このレポートでは以下に要約します。それぞれに関して、私の所感も追記します。

研究資金提供機関がQPPを支援するプロセス
 ・QPPに要するコストをまかなう資金の提供
  ・申請書式にQPPのセクションを含める
 ・研究期間でQPPを実行するために必要な人員やリソースに助成する
 ・年次報告や最終報告にQPPのセクションを含める

 →所感:日本学術振興会ではオープンアクセスでの成果公表を推奨しています。今後は、科研費の申請と報告書においても、QPPのために何をするか(したか)を加えていただくといいかもしれません。具体的には、プレレジ、プロトコル論文出版、解析コードやデータの公開、それらを補助してくれる人の人件費、などが含まれます。


研究機関が審査制度を設けてQPPを高めるプロセス
 ・再生可能な研究報告実践に価値を置く研究文化を育む
 ・投稿前に原稿を評価するQPP審査委員会を構築し、助成する
 ・研究インターンシップとして、PhD研究員にQPP審査委員会に参画してもらう
  (QPP評価に関して訓練し、参加してもらう)
 ・QPP訓練と指導を博士課程に組み込み、認定制度とする
 ・質の高い研究実践について研究従事者に継続的な専門性の向上機会を提供する
 ・追試研究を支援するジャーナルへの投稿や査読について賛同を表す
 ・QPPの遵守にインセンティブを設ける(e.g., 表彰、テニュア)
 ・研究機関をまたいだQPPのアドバイザリーボードを確立する

 →所感:大学や研究機関が、組織としてQPPを高める工夫があります。日本での素晴らしい取り組みとしては、日本がん支持療法研究グループの研究支援(J-SUPPORT)におけるプロトコル審査があります。私自身も関係させていただいたことがありますが、とても勉強になりました。
 他に、大学のラボ、研究科、学部の単位でも、QPPを高める工夫ができると理想的だと考えます。日本の大学における研究環境を踏まえると、とても険しい道かと想像します。倫理委員会の整備とともに、QPP審査委員会が設置されて、そこに博士課程の大学院生が委員として加わってもらえると、とてもよい訓練機会になると考えます。単一の高等教育機関では難しいかも知れません。しかし(だからこそ)、そのような科学実践に取り組む機関が存在感を発揮していくと想像します。また、研究機関をまたいだアドバイザリーボードであれば、学会でのタスクフォースの設置も有効でしょう。


ジャーナルが論文の編集過程でQPPを高めるプロセス
 ・QPPポリシーと手続きを適用する
 ・原稿の質を審査する委員会を設ける
 ・より大きな編集チームを構築する
 ・編集チームとピアレビュアーの作業負荷を正式なかたちで認識する
 ・QPPやその他の専門領域に特化したピアレビュアーや編集委員を招聘する
 ・試験原稿審査パネルを設置し、QPP審査を行う
 ・アーリーキャリアの研究者を査読者に含めるようにする
 ・著者とピアレビュアーへの継続訓練を提供する
 ・著者とピアレビュアーにQPPに参画するよう促す
 ・統計やその他の専門領域に特化した委員会を設ける
 ・QPPに関する特集、プロトコル論文、その後の結果を出版する
 ・ピアレビュアーにインセンティブを提供する(e.g., 表彰、証明書)

 →所感:ジャーナルに関しては、出版に関しての利権の議論があり、いろいろな難しさがあるかと想像します。ピアレビュアーの訓練や、適正な査読システムへの改善に、ジャーナルの立場から貢献されている部分も沢山あると思いますが。。原論文では、査読者に40歳以下の若手研究者が入ることにより、査読の質が高まるという知見も紹介されていました。


著者、原稿を準備し投稿するときに実践できるQPPプロセス
 ・質の高い研究実践を重視する研究文化を促すよう、研究機関に求める
 ・原稿の質を評価する制度を実行するよう研究機関に求める
 ・QPPの訓練と指導を促す
 ・原稿の質チェックリストを記入し投稿する
 ・QPPにコミットする

 →所感:いち研究者の立場から声を挙げることで、学会や組織、そして研究者仲間に呼びかけることはとても大事だと考えます。その意味で、JCORSに関わる先生方や、臨床疫学研究における報告の質向上のための統計学の研究会(REQUIRE)に関わる先生方など、それぞれの思いからこの問題意識を共有し、支え合おうとしている方々に敬意を抱いております。


レビュアーが審査を通してQPPを高めるプロセス
 ・QPPピアレビューの訓練と認証を受ける
 ・ピアレビュー実践の再現性を維持する
 ・オープネスイニシアチブや類似のオープン出版イニシアチブに加わる
 ・QPPを高める研究機関のイニシアチブに参加し貢献する
 ・ピアレビューピロセスから継続的に学び、また積極的に貢献する
 ・査読の際には、原稿の質チェックリスト等のリソースを用いる
 ・ピアレビューの重要なステップを理解する
 ・特定の研究領域におけるレビュアの専門性を育む(e.g., RCT)
 ・QPPにコミットする
 
 →所感:いち研究者として、日々、雑誌の査読にも関わっております。私にとっては、査読されるときも、査読するときも、天下一武道会に出ているような気持ちになります。さまざまな領域で、それぞれの思いから、科学的な方法を用いて、世の中をよくしたり、人類の知を深める試みをしている他の研究者の最善の取り組みの、共有。論文とは、そういうものだと捉えて。その共有前の真剣勝負が論文の査読であり、研究者として、互いに切磋琢磨できる機会です。必竟、QPPを高める重要なプロセスになっています。ただし、日本の学術誌を査読する際には、方法論的な不足があまりにもはっきりと見て取れることがあります。そうした現状に鑑みると、学部生のころから、オープンサイエンスの考え方を理解してもらえるような教育と訓練のプログラムが必要であると考えています。

まとめ

 科学は、手の内をすべて明かした上で、誰がやっても同じような結果が得られることを目指して、好奇心のもとに、特定の問題に対する試行錯誤をする取り組みであると理解しています。このようなスタンスは、心理療法、臨床査定、コンサルテーション等の臨床心理学の実践領域においても(おいてこそ)、重要になります。人のこころという曖昧な側面を扱う専門家であるからこそ、科学的なスタンスを(も)、しっかりと保ち、それを用いてサービスを提供したり、説明を果たして、様々な利害関係者とコミュニケーションしていくことが望まれます。この論文では、臨床心理科学においても、科学性を高める努力がまだまだ必要で、もっともっと伸ばしていけることを教えてくれています。臨床心理の実践においても、そこからたくさんのことを学べます。論文では、論文の質チェックリストなどの付録もダウンロードできる付録として紹介されています。

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