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SuperAgerへの道


SuperAgerと言う言葉を僕の大好きな方のブログで読んだ。

調べてみたらBBCのサイトで解説というか実際の方の動画を見た。

michitoshiさんのサイトでは、幾つかの共通句を上げてていらっしゃるそのうちのひとつが気になった。

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④ 食事は、魚、野菜、果物、豆類などの健康的な未加工食品を常食 

「未加工食品」とは、食材の種類と言うよりも、「加工プロセス」なのだ。これってまさに僕の食事メソッド(幸運な病のレシピ)である。

「乾燥・濃縮・抽出」工程を通った食事をできるだけ避ける。

炭水化物は毒ではない、余りに魅力的すぎるから依存しがちになる。

しかし、「依存」の問題とは個人の我慢ではなく社会の問題である。人は心で食べる。「拒食・過食・依存」いずれもそうしなければならない理由(コミュニティでの関係性:教室・職場・家庭)があるのだ。

決して物理的な胃袋の大きさでも脳下垂体の故障でもない。そして一旦その状態になったら抜け出すのは困難である。

精神疾患の断薬の問題はまさに関係性とセーフティネットの問題である。

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michitoshiさんのnote読んでいると素晴らしい人生の輝きが見える。

父が生きていたら丁度同じくらいの年令である。世界に対しての興味をほぼ失っていた父に比べてなんと多彩な興味の視点があることか!

まあ、父は昔からあまり喋らない人であった。まあ、酒はたっぷり飲んでいたけどね。

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教育問題や、健康の問題、若者の問題、老人の問題、ヘレン・ケラーの講演会を間近で見た体験など素晴らしい。

決して年令で人を測るつもりはない。しかし、自分が若造に感じられる。人生まだまだである。

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「エイジング」と言う言葉には違和感がある。

いつの頃から、社会の中で歳をとるということが「病気」としてカウントされるようになったのだろうか?

アンチ・エイジングというのはサプリメントの一大カテゴリーである。

今、流通しているサプリメントの半分はこのカテゴリーではないか?それは病気ではないと言いたい。

足の痛みや目の見え方やとても沢山のトラブルが押し寄せてくる。出来るならばその苦しさに対して「寛解」しながら生きていきたいものだ。

どんな投薬も手術も、最終的には受け入れる他ないものである。

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仁に過ぎれば弱くなる
義に過ぎれば固くなる
礼に過ぎれば諂い(へつらい)となる
智に過ぎれば嘘をつく
信に過ぎれば損をする
気ながく心穏やかにしてよろず倹約を用い金を備うべし
倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり
この世に客に来たと思えば何の苦もなし
朝夕の食事はうまからずとも誉めて食うべし
元来、客の身なれば好き嫌いは申されまい
今日の行くを送り 子孫兄弟によく挨拶して
娑婆(しゃば)の御暇(おいとま)申したがよし

伊達政宗

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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。