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父と暮らす:最後の日々

いずれ生命は死を迎えます。しかし、その死の迎え方はこの80年で大きく変わったと言えるでしょう。

2020年3月に父を看取りました。91歳でした。母が2016年になくなってから、毎日父の食事を作りました。なんとか認知症(自分を見失う状態)にならないでもらいたいと思い食事を作り続けました。今の僕の食事はこの5年間の父の食事の延長にあります。

最後の1ヶ月は背骨の圧迫骨折で動けなくなり、ベッドで過ごしました。最後まで家族以外の世話にならないで、亡くなりました。

母は寝ている間に亡くなったので、「介護」とでも言える関わりを持ったのは父が初めてでした。そして自分の未来についても気が付きました。それまで、自分がどんな風に死ぬのかということを実感できていていませんでした。

私達は誰でも長生きしたならば施設で孤独に死にます。高度医療は100年寿命があるといいますが、それは嘘です。病院・施設に隠すことで人生の終わりがどんなものかを隠しているのです。



どうしても小さな断片にしかなりませんが、医学が描いていない生命を描きたいと思います。

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写真は2010年5月3日の食事会

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厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。