(19)【実録】66歳と310日目の免許合宿(その2)

6月15日(第1日目)うすくもり

朝8時過ぎ新幹線、在来線と乗り継ぎ、約束の11時前には指定された駅に到着した。改札を出ると教習所の係員らしき人物が待ち受けており、声をかけてきて私を確認する。私以外にも若い男女3人が現れてミニバンに同乗し教習所に向かう。
11時15分には会議室に通され、この4人以外にさらに地元の若者2人が加わった。

「シニアプラン」にしていたので50~60歳代ばかりだと思っていたが、私以外はぴちぴちの20歳前後ばかり。
茶髪で腕にタトゥを入れた輩、度のきつい眼鏡をかけた学生風の女性、丸坊主で目立つピアスをした男、スマホから絶対に目を離さない男、ショートカットで活発そうな女性、それに私の6人が同期生となった。別に同期といっても各人のタイムテーブルも違うので、結果的に全員揃ったのはこれが最初で最後だった。この教習所は地方といっても大都市なので、合宿生よりも通いの生徒のほうが圧倒的に多いらしい。

簡単な手続きを済ませてから、合宿中の要領やタイムテーブル、注意事項などを聞く。A4版の「学科教本」(399頁)、同じく「運転教本」(238頁)さらに「学科試験練習問題集」(96頁)、「教習原簿」、「教習手帳」などが配られる。学生時代の教科書より分厚いのもある。

基本的な流れは次のようなものだ。
第一段階(「学科」と教習所内「技能」)が合格すれば、「仮免許」を貰えて第二次段階(「学科」と主に公道での「技能」)と進み、それも合格すれば「卒業検定」、合格すれば卒業である。そして地元に帰り、基本的には「免許センター」で「学科」のみの試験を受け、合格すればお国から「免許」皆伝。

その後、食堂での昼食となった。決して旨いとは言えないが、学食を思い出す懐かしい味であった。
昼休みも終わり、40数年ぶりの生徒の立場となる。
初日は説明だけと勝手に想像していたので、まだ頭の中は昨日までの自分であり、受講生になりきれていない。それなのに有無を言わせず、よーいどん!である。

「学科」2科目受講し、続いてすぐ「技能」(実車運転)も始まり2単元連続で車に。最初は助手席、二時限目は自らの産まれて初めての運転。
1講習単位は「学科」も「技能」も50分間であり、10分の休憩をはさみ、連続して講習がある者は、その間にトイレや配車券(「技能」を受けるための車のナンバーや時間が記入されている)を受け取ったり、タバコも吸わねばならない。各講習は丁度50分で見事に終了する。切り上げサービスはない。
「学科」はおおよそ20名前後で1クラス。「技能」は当然ながらマンツーマンで、車はトヨタカローラのオートマである。
結局私は、40数歳も違った若造たちに囲まれ、さらに若者同然に扱われ、自分で勝手に想像していた「シニアプラン」とは、どんどんかけ離れて行くのを悟る。

見知らぬ環境、慣れぬ生徒の立場、得体の知れない若者との会話など、不安感や緊張感でくたくたの「長い1日」であった。
タイムスケジュールの関係上、早い夕食を教習所内の食堂で取る。
完全に暗くなった7時50分にすべての講習も終わり、10分間の内に、事務室受付に行き「教育原簿」を返却し、自宅からの荷物を受け取り、どこから出発するか判りづらい8時丁度発のスクールバスにギリギリ間に合い、宿泊所である市内のホテルへと向かう。本来なら教習所近くの「寮」(徒歩5分)に宿泊する予定だったが、女子大生の団体受験生がいるので22日までの8日間はホテル住まいとなった。(もちろん追加費用なし)

ホテルの部屋で、缶ビールをちびちび飲みながら「学科教本」を開く。
隅から隅まですべてを覚えるようにと指示されていたが、4~5頁も読むと睡魔に襲われ結局そのまま眠ってしまう。                ただ、ひたすら疲れた1日であった。

<1日目受講内容>
  15:00 学科  16:00 学科  18:00 技能  19:00 技能

<感想>
 ・疲れた! 疲れた! 疲れた!
 ・運転実技、なかなかスムースにできないぞ! 
 ・教本も分厚すぎ、覚えること多すぎるぞ!
 ・10分の休憩時間じゃ、何もできないぞ!
(トイレと配車券受領だけで終わる、タバコぐらいゆっくり吸わせろよ!)

<追記>
免許講習の「学科」や「技能」の内容、教習所の基本的な設計(道路幅、各    種設備など)、第一段階や第二段階での講習時間なども含めて、すべて法規で決まっているという。

[オートマ車] 学科、技能講習 最低必要時間
       学 科    技 能
第一段階  10時間以上  12時間以上(但し2講習/日まで)               計22時間
第二段階  16時間以上  19時間以上(但し3講習/日まで)      計35時間  

つまり、講習を受講するだけで最低13日間が必要であり、卒業試験などで1日加え、その結果「最短14日間」となるらしい。


6月16日(第2日目)晴&くもり

朝は7時半頃に起床し、ホテルの旨くない朝食を少し口にする。
ホテルから徒歩5~6分の証券会社の前で迎えの9時のスクールバスに乗り込む。
約20~30分で教習所に着く。
授業は11時からなので、たっぷり余裕がある。教習所内を探索していると「学習室」を見つけた。
そこは、いわゆる学科試験模擬問題を、パソコンで自由に演習できるようになっており、すでに数名が無言で励んでいる。ここもやっぱり若い男女ばかりだ。

今日の予定では、「学科」2科目と「適正検査」、「技能」2時限を受講しなくてはならない。
「適正検査」とは、要は自分が車の運転に向いているか不向きかの診断であり、一種の性格検査のようなものであった。答えはすぐに出て全員何の問題もなかった。

「学科」講習を受けていると、必ず教官がいくつかの質問を受講生たちに投げかける。多分、眠気防止策の一環だと思うが、私が老人のせいか、講習の終わり頃の時間帯には必ず私に質問がくる。どの教官も最初の頃には指名せず、終わる時間帯である。ということは講習内容をそれなりに理解していないと返答に困る場面もある。教官よりも遙かに年上なので、最初は遠慮しているのだろうが、若い受講生の中で、ただひとりの年寄りで目立っているのも事実だから興味本位で最後に当ててやれっ、という感じである。まあ、難しい問題ではないので構わないが。

「学科とは記憶なり」と合点した。なんら論理的なこともなく、ひたすら記憶に励まないと試験には合格しない。昨夜に何を食べたのか、翌朝には忘れてしまう70歳近い私には、いちばん酷な作業である。なにしろ、集中力が続かない。見事に続かない。覚えようとして読んだ項目も、次に進むともう忘れてしまう。絶望的だ。

交通標識の種類がこんなにもあったなんて知らないし、車の種類による規則やバイクの荷台に載せられる荷物の大きさ、牽引時の規則、駐停車の定義や車を止めてよい場所、駄目な場所、などなど、どうでもよさそうな規則も含めて永遠と続く。

しかし、明後日にはさっそく1回目の「効果測定」(学科試験)があるという。
「効果測定」という名前には最後まで馴染めなかったが、パソコン上での「学科」試験であり基本的には○×方式で、50問中45問以上の正解が必要となる。
たった2日間しかたっていないのにもう試験である。          「14日間最短卒業」は、この時点でもう諦めざるを得ない。

「疲れた!」
「帰りたい!」 
「なんで免許を取ろうと思ったのか?」
「まして、なんで合宿なんか選んだのか?」 
「時間がたっぷりあるのだから、地元の教習所に通学してゆっくりすればよかったじゃないか?」 
「30万円は惜しいが、捨ててもう帰ろうか」
「別に『運転すること』に憧れがあるわけではない。『免許』を持つことに『意義』を感じただけなのに」
と、さっそく深い後悔ばかりである。
しかし、そこであの忌まわしい<劣等感>を思い出す。

「絶望感ばかり抱いていても仕方ない! やれるところまでヤレ!」
『ヤル気スイッチ』を今回はかなり強引にターンオンする。
「よし、今晩からは夜中の1~2時まで頑張る!」
「覚えるべきことは、紙に何回も書いて覚えよう!」
「講習がない時間も教習所に行き、可能な限り学習室に閉じこもり、模擬問題を100回繰り返そう!」
「そして、最短の14日間で卒業し、こことは1日も早くおさらばだ!」
こういう「誓い」を立てることだけは昔から、お手のものだった。

<2日目受講内容>
11:00 学科  13:00 学科  15:00 技能  16:00 技能    18:00 適正検査

<感想>                               ・本気でキャンセルを考えた。
・こっちも梅雨入りだが天気はいい、だが、こっちの頭と心は土砂降り。
・『ヤル気スイッチ』は明日からにしました。
・ビールをたらふく飲み熟睡できました。 (スミマセン)

<追記>
カリキュラムの関係上、最初の頃にはどうしても空き時間が頻繁に発生する。受講生はその間、自宅(ホテル、寮)に帰ったり、遊びに行ったり、学習室で勉強したり、自由に過ごすことができる。この教習所には総ガラス張りの大きなラウンジがあり、4人掛けテーブル席が15卓ほど、道路側の窓に向かって長いカウンター席、インスタント食品や飲物の自販機、さらにパソコンが10台ほど、設備されている。
合宿生は必然的によく利用することになるが、100インチくらいの大型モニター画面があり、いわゆるJ-POPのミュージックビデオが常時流されている。なかでもAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」がどういう訳か、私が行く度に流れてくる。偶然だろうが、頭からそのメロディとサビの歌詞が離れなくなる。こうやって書いている最中にもメロディが頭をよぎる。

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