(26)500円玉のご縁


老人はウォーキングを日課としていた。

家近くの高台に建っているこじんまりとした神社がある。
正殿に行くには、幅が1.5㍍くらいの急な階段を135段上らないと辿り着けない。
階段以外にも道があり、少し急な山道で遠回りとなるが階段135段よりは歩きやすい。
老人は散歩に出かけるときには必ず、この山道の方を利用し、正殿で一礼してから135段の階段をゆっくり下って、歩きに出かけることにしている。

初夏の土曜日の午後、帽子を被りハンカチを持ちいつものように家を出た。
例の山道から本殿へと進み手を合わせてから、階段をゆっくりと降りる。
あと5段くらいのところまで下りたところで、キラッと光るものを見つけた。
「ん? 500円玉だ」
「誰かがお賽銭を出すときにでも落としたのだろう」
代わりに賽銭箱へと思うが、
「この階段を130段も昇って戻るのは無理。かといって、遠回りになる山道からも面倒だし」
「まぁ、明日にでも賽銭箱に入れよう。警察に届けるほどでも・・・」
と独り言のようにつぶやき、ズボン右側のポケットに入れた。

老人の家から30~40分も歩けば大きな競馬場がある。
競馬には全く興味もなく、いつも散歩コースとして、競馬場の前を通っているだけだ。
少し汗ばんできたので、ズボンの右側のポケットからハンカチを取り出して汗を拭った。
その時、500円玉がこぼれ落ちたのに気づかなかった。


「ああ、こんちくしょう! 今日は全然ダメだ! 本当についてない! 買ったレースすべてにオレの馬が絡んでいたのに、寄ってたかって邪魔しやがって!」
と、ひとり騒ぎながら無精髭の中年男が競馬場からでてきた。

「あれ、こんなところに500円玉が・・・。 ラッキー! これでビール1杯飲める! ツキが最後の最後に回ってきたよ!」
「待てよ、まだ最終レースには間に合う! どうせオケラだったんだから! いいや使ってしまえ!」
と言いつつ、すでに足は競馬場の自動券売機へと向かっていた。


「あー、うまい! こんなにうまいビールは飲んだことがない! 絶対ない! 本当にない!」
駅前の立ち飲み屋で満身の笑みを浮かべ、無精髭の中年男がひとりでご満悦だった。

老人は、今日はいつもより長時間、歩いたため疲れがピークだった。休憩がてら、何か水分でも取ろうと駅前の自販機で飲みたいものを探すが、いまひとつ飲みたいものがピンとこない。                       
「そうだ、今日は土曜日だし、たまにはビールでも飲もう。ちょうど予期せぬ500円玉があったし、お借りして明日違う500円玉でお返しすれば罰も当たらないだろう」
老人は、自分にそのように言い聞かせ、駅前の立ち飲み屋に入った。
「生、ください」
350円だった。
老人はズボンのポケットからお金を取り出したが、自販機でジュースを買うつもりだった200円しかない。
「あれ、あの500円玉は? ん?」

店員がビールを差し出した。
拾った500円玉とは言えないので、単にどこかで落としたと説明し、必ず今晩中に支払いに来るのでと店に頼んだ。

すると無精髭の中年男が口を挟んできた。
「おじいちゃん、いいよ、いいよ。心配すんなよ、今日さ、オレさ、すっごくいいことあったんで奢ってあげるよ。ビール何杯でも、つまみ何でも頼んでよ。遠慮なんていらないさ、いらないさ!」
「いや、そういうわけにも」
「本当にいいんだよ、おじいちゃんと一緒に飲むのも何かの縁だからさ」


(次回投稿;4/26予定)

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