(20)【実録】66歳と310日目の免許合宿(その3)


6月17日(第3日目)

今日は9時のスクールバスに、ヤル気ムンムンで乗り込む。
昨日の「誓い」を実践せねば男じゃない。
「学科」講習もただ聞いているだけではなく、ノートに走り書きしながら、ポイントをその場で覚える作業を取り入れる。

各教官は「学科」と「技能」の両方を指導する。
いまのところ、すべての教官は私には優しく接してくれている。

相当以前の話になるが『免許がない!』(1994年、主演;舘ひろし)という映画をテレビで見たことがある。そのストーリーはうろ覚えだが、ざっと次のような内容だった。

30代の主人公は人気絶頂のアクションスターだが、唯一の弱点が、本人自身が免許をもっていないこと。ある映画でのドライブシーンは、その男優と恋人役の女優が乗るオープンカーを、スタッフが運転するレッカー車がロープで引っ張って、主人公がいかにも運転しているかのごとく撮影しているのである。
撮影の休憩時間、共演の美人女優に「トイレが遠いのであなたの運転で、その場所まで乗せて行って欲しい」と懇願されるが残念ながら運転できない。凄い屈辱感を味わい、それがトラウマとなり劣等感に。そこで一大決心をして周囲の反対を浴びながらも、マネージャー以下を引き連れて『免許合宿』へ。
教習所では、有名スターとあってファンの受講生もいるが、個性ある若者や有名人を妬んだ意地悪教官、セクシーな女性教官などに悪戦苦闘する。もちろん、大量の交通法規の暗記にも四苦八苦する。
なんとかそれらを乗り越え、みんなの協力のもと免許を獲得するというコメディ映画だったと思う。
しかしあれはコメディではない。
私にとっては十分に立派なドキュメンタリであり、今や、私は主人公を演じている。

今日の「技能」講習はおもには「右左折」、「S字カーブ」、「クランク」であった。
特に「S字カーブ」や「クランク」は、道路幅3.5メートルの狭い道(法規で決まっているらしい)をくねくね運転したり、急角度で曲がったりしなければならない。その形状を見ただけで「オレには無理!」となる。そして講習では、それなりの緊張感を伴って慎重に運転するが、やはりどうも上手くは行かない。
「もっと道路の外側ぎりぎりに車を寄せて!」
「前輪と後輪では軌道が違うから内輪差を考えて!」
「車幅は1.8メートル弱だから十分に余裕があるでしょ!」
などの指導を受けるが、運転席からはこの車は道路一杯の車幅である。車が透明ならば教官のいうとおりにするのだが・・・。
手汗を感じながらゆっくりと進める。
「あっ、また乗り越えた! あっ、脱輪だ! やっちまった!」
再度の挑戦。
「もういいや、うちの近所にはこんな細い曲がった道や鋭角な道はないし!」とも思うが、「初めての運転だから、脱輪しようが乗り越えようが、それが練習じゃ!ちゃんとお金も払っているし、少々車に傷をつけても!」
開き直りは重要である。再チャレンジでは見事(?)になんとか成功した。


<3日目受講内容>
  10:00 学科  11:00 技能  12:00 技能  13:00 学科         17:00 学科

<感想>
 ・なんと『ヤル気スイッチ』が本当にオンとなったぞ!
 ・「技能」ではどうしても緊張感が抜けず、ハンドルをきつく握り過ぎ、         腕と足が突っ張り状態。ぎこちなさが自分でも分かる。手汗がひどい。
 
<追記>
 ・昨日からお腹の調子が今一つだったので、正露丸を購入し飲用する。
 ・明日は1回目の「効果測定」(学科試験)があるので夜中の2時まで頑張         りました。(エライ!)



6月18日(第4日目)

今日は8時31分のバス。
第一段階の「効果測定」がある日である。
「効果測定」という言葉にはピンとこないが、学科教習について、どこまでその内容を理解しているのかというパソコンを使った一種の試験である。第一段階ということで基礎的な問題ばかりで、○×方式で答え、50問中(50点満点)45問以上の正解で合格となり、次に進むことができ、2日間連続で受けねばならない。合格すれば仮免の学科試験へと進むことができる。

夕方5時から始まった。
事務室受付に行き「効果測定を受ける」と宣言し、学習室のパソコンに向かう。
学習室には、縦に4列パソコンが並んでおり合計30台ほど設置されている。壁には『私語禁止』と大きく表示されたポスターが何枚か貼られている。
受験生は約15人程度か。
室内には事務員らしき人が1名いたが、出たり入ったりしている。
教本などの入った手荷物も違う場所に置かされる。
パソコンの画面に自分のパスワードを打ち込みスタートする。
何問か分かりにくい問題もあったものの、結果は「48点」、見事合格。
もちろん失敗しても、再チャレンジが可能だが、誰もがこんな面倒なことは一発で終わらせたいと考えているだろう。
ちなみにこの「効果測定」で落ち続け、講習期間が延長となった場合の宿泊費は、「シニアプラン」でも自腹になるらしい。要は「学科=法規の記憶」は自己責任ということである。

しかし、この「48点」は自信に繋がった。正直に嬉しかった。
あれほど暗記作業に困惑していたがこれ以降、変な自信というか、慣れというか、覚えるべき項目が割と頭に入り易くなり、記憶作業効率が改善していった。記憶を司る頭脳がようやく何十年ぶりかに目を覚まし活性化したのか。やっぱり、脳も積極的に使えばそれなりに応えてくれるものなのだ。
とはいうものの、若い時代とは大いに違い悪戦苦闘はまだまだ続く。何しろ頑張って記憶したものも、私の記憶脳は賞味期限が2~3日なのだから。

ところでこの日、「技能」で私には屈辱的な事件が起こった。

午後に2回の「技能」講習を受けた。
その2回目の講師が、100キロ近くはありそうな40過ぎの巨体女性である。助手席に乗り込むと車が左側に沈む。常時、首にタオルを掛け吹き出てくる汗をいつも拭いている。外見を別とすれば、別に特異な講師でもなく、それなりに優しく正論で指導をしてくれる。
私の運転技術は自分で判断する限り、そんなにめちゃくちゃではなく、教習所内の交差点や坂道、仮想踏切なども、それなりにこなしている。ただ、ぎこちなさがあるのは事実だ。停車するときもスーと止まらず、ブレーキを強く踏み込んでしまいガクッと止まる。加速時も同様にアクセルをやや強めに踏み込み、ダーと発車する。大きなカーブでは小刻みにブレーキ強め、アクセル強めを交互に踏み続ける。それらのたびに、巨体講師の体がシートで前後左右し、シートベルトがお腹にいっそう食い込んでいる。

その「技能」講習が終了した時点で、巨体講師が汗を拭きながら私に告げた。
「致命的な問題はないけれど、あなたには『慣れ』が必要ね。2時間追加延長しましょう」と有無を言わせずに決めてしまった。巨体と汗まみれの講師を、出会ったときに、不思議なものを見る目で見たのがいけなかったのだろうか。
この瞬間、「最短14日間」は消えてしまった。

<第4日目受講内容>
   10:00  学科  11:00  学科  13:00  学科  14:00  技能               15:00  技能 
           17:00「第1回効果測定」

<感想>
 ・忙しすぎる、こっちはいい年の老人だぞ! オレの「シニアプラン」は         どこに行った!
 ・あのとき(入学申込時)、「特例入学」(年齢オーバー)を拒否されて         いたならばこんな苦労はせずに済んだのに!
 ・頭だけでなく肉体も疲れてきた。
 ・やぱっり帰るか?(講習費30万円と無免許劣等感が互い違いに浮かぶ)                          

<追記>
 初日に駅に迎えにきてくれた事務係の人と喫煙場で出会い、「『シニアプ      ラン』ってそれなりの年齢の人たちだけを集め、一般とは違ったカリキュ      ラムではないのか?」と聞くと、「そういうことでなく、試験不合格など      で、受講期間が延長となっても追加費用がかからないプランです」との返      事。事前に詳しく聞くべきだった。


6月19日(第5日目)薄曇り

今日も8時31分のバスに乗る。
第一段階2回目の「効果測定」がある。
上手くいけば午後早くホテルには戻ることができる。
9時と10時の2回の「技能」講習を受け、12時から「効果測定」だ。
前回と同様に席につきパスワードを入力しスタート。
私の左隣の席には、茶髪で腕にタトゥを入れた同期の若者が受けており、さらにその左側には悪友らしき人物が座り受験している。開始して10分もしないとき、茶髪が悪友に「ここの答え知っているか?」と小声で尋ねている。その返事までは聞こえなかったが、明らかに2人はチームワークで乗り越えようとしている。あいにくとその時は係員がいなかった。

私の結果は「49点」(50点満点)で文句なく合格だ。
教習所では自由時間がある限りこの学習室で模擬問題に取り組んできたし、ホテルで深夜まで学習した成果だと思う。
午後1時前には試験も終了し、今日、この後は何のカリキュラムもなかったので、遅めの昼食を教習所食堂で取りホテルには、2時頃に戻った。
「効果測定」結果にも満足だったので、ようやく少しは余裕が出てきた。
1時間ほど昼寝をし、そのあと2時間ほど暗記作業をしたり、ホテルの洗濯機で洗濯もした。
夕方にもなったので、散歩と夕食を兼ねてホテル周辺を当てもなく歩く。大きな道路から横道に入ると、ちょっと洒落た小料理屋を見つけ、躊躇なくその店に入りカウンター席についた。
外はまだ明るいので客も私だけであり、なかなか落ち着くいい雰囲気の店だった。瓶ビールを頼みメニューを見る。久しぶりの魚を中心としたメニューは、どれも注文したくなるほど魅力的だった。のどくろの一夜干し、かわはぎ肝添え刺身、シャモ串焼きなどを頼み、飲んで食ってひとり大満足だった。(夕食代5710円)

<第5日目受講内容>
   9:00技能  10:00技能  12:00「第2回効果測定」

<感想>
 ・久々に食事らしい食事(夕食)をした。
       私の嗜好物はタバコとアルコール。
       教習所のレストラン(食堂だが洋風作り)の味にも慣れては来ていた             が、もちろんアルコール類はなく、特に夕食時にはもの足らなくて淋し        さを感じる。
 ・老人で良かったこと・・・教官を含め事務の人、受講者などが直ぐに私         を認識してくれること。

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