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泣くほどの理由もない。ただ一人ぼっちだ

ただ出会いを探しただけなのに、なぜこんなにも自分の人生について突きつけられ、悩むのか。

自分の身に起きた過去のことがまざまざと思い起こされる、マッチングアプリを題材とした加藤千恵の小説『マッチング!』。

「伯母バカ」と自称するほど甥を溺愛し、子どもが欲しいと思うものの恋人のいない琴美はある日、妹に促されるままマッチングアプリに登録する。恋人と別れてから2年が経つが、それ以前は学生時代から恋人のいなかった時期は短かった琴美は、マッチングアプリで出会いを求めることに戸惑いを覚える。

プロフィールを作り、マッチングした男性と会話を重ねて会っていくが、なかなかいい人には出会えない……というおおまかなストーリー。

マッチングアプリあるあるを列挙しているだけに、出会う男性はプロフィールを詐称していたり、ヤリモクだったりと、女性の友人からこういうのを聞いたことがあると感じる点が多かった。男性視点だと女性でそこまで危ないと感じる人はいない印象(僕の場合、それでも経験上ヤリモクだったり遊ぶことが目的だったんだという人はいたけれど)だが、女性視点だと決してフィクションではないのだろう。

前半は出会っていく男性に対して減点法のように気になる点がフォーカスされる(話すことがなくなって帰りたい!と思うところへの共感は本当に…!と思った)が、僕は後半琴美の内面にフォーカスされていくところがずしんと重くのしかかった。

誰に会っても自分と合う気がしない。その上、琴美は5人目に会った岡田という男性から「たいして努力しているわけでもないのに。自分は選べて当たり前だ、って思い込んでるんですよね。それで、選ばれたがっている人のことを見くびってるんですよ」と妙に刺さる嫌味を言われる。

なかなか、運命の人に出会えない琴美は部屋で一人、思い悩む。自分のキャリアについて、周りが結婚や出産をしていき取り残される不安について。

折りたたみミラーを片手に持って、立ちつくしているわたしは、滑稽な姿だろう。何やってんの、と誰かに笑ってほしかった。笑ってくれる誰かが欲しかった。泣いてしまいたかったが、涙は出ない。泣くほどの理由もない。ただ一人ぼっちだ。

「マッチング!」/ 加藤千恵著

たった一人、そんな存在を見つけることがどうしてこんなにも難しいのだろうか。笑ってくれる人がいてくれたらいいのに。恋人が欲しいという軽い思いからマッチングアプリを始めて(今は止めたけれど)、長く付き合う人と出会えていない自分には深くわかる。

学生の頃は、彼女と別れたとしてもそう遠くないうちに次の誰かと付き合えるだろうと甘く考えていた。20代後半になって、こんなにも恋愛で悩むとは思っていなかった。そして、残るのは自分は一人ぼっちだという空虚さ。

この世の中で誰とも繋がれていない自分は、この先誰にも受け入れてもらえないのではないだろうか。周りにはパートナーがいたり、結婚していたりするのに、自分はレールに乗れずこの社会に適合できない人間なのではないか。

ただ、天井を見つめながら悲観的になる。

琴美は、自分で店を開く男性との出会いをきっかけに、自分のやりたいことに気づき勉強を始める。

少し前に書いた、婚約者の失踪からパートナーの過去や婚活について向き合っていく様子が描かれた辻村深月さんの小説『傲慢と善良』では、最終的に婚約者どうしは結婚することを選ぶ。

表面上、2つの小説の結末は違うゴールを迎えているが、どちらの小説も人との出会いを通じて、世の中のレールや周囲の目線ではなく自分自身の意志に気づいて答えを選び取る。

僕も恋愛やマッチングアプリを通した悩みについて答えを持ち合わせているわけではないので、ぼんやりとしか分からないけれど、最後は自分の意志が大事なのだなと思う。すっごいマッチョな答えに着地してしまったが。

このストーリーのほとんどで琴美は自分の意思で動いていない。マッチングアプリは妹から勧められて、プロフィールもこれといって特筆すべきところはない。地雷のような酷い男性たちは別としても、相手の男性の価値観の違いや気になる行動についてマイナスな点を見る。

琴美が最後に自分の意志で保育士の勉強を始めるのは、彼の嫌で価値観が全く異なる面よりも夢や目標を追う姿に触発されたから。その男性ときっと交際に至っていないにせよ、出会いの中で大きな変化が生まれたのは、やはり琴美に自分軸で生きようとする変容が起きたからではないだろうか。

自分軸で生きようとしたから、きっとその男性のいい面を見つめられたのだと思う。

僕も生きてくる過程で、相手に全てを求めようとしていた。嫌なところが見つかるとすぐに相手を切ろうとしてきた。それは、結局のところ意志と自信がないから、相手に救ってもらいたいという下心の裏返しだと気づかされた。

みんな、この世の中で一人ぼっちだ。

霧の中で生き続けようと彷徨った先に、共鳴する誰かに出会うのかもしれない。

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