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フロリダ州ペンサコーラ 09

「基本的には午前に授業を集中させて午後から家帰って寝てた。だから昼夜完全に逆転してたんだ。二年ほどその生活を続けたんだけど、最後のほうには朝方の四時くらいになると、なんか、うわぁーって、気が狂いそうになるっていうしか言葉が見つからないんだけど、すげえ苦しくなって。そのときその発狂しそうな気分を落ち着けてくれたのがギターだった。夜中に部屋真っ暗にしてブルース系のコードを追いかけてるだけでなんとか自分を落ち着けることができた。そのとき確信したんだけど、俺のギターは俺に聴かせるためにあるんだって。弾き始めの頃はやっぱり目立ちたいとか思ったけど俺は俺自身が好きじゃない人間に俺のギターを聴いてほしくない。そんな高尚なものじゃないことくらい分かってるんだけど、なんか、ライブハウスとかで弾いててもどんなにノリのある曲弾いてても俺自身はいつも冷めてた。あほらしいって。こんな拍子に合わせて腕振ってる人間になんで俺は自分から音を、しかも他人が作った曲を聴かせているんだろうって。俺はライブにアドレナリンは求めない、ちゅうか出ないんだよね。俺はアドレナリンはスポーツに求める、レオとテニスしててラリーの応酬になってレオがネットに詰めてきたときレオをクロスで打ち抜いた瞬間。九回裏、一点差で勝ってて二アウト二、三塁。そのときインコース低めのストレートで見逃しの三振に仕留めたとき。下りのスライスラインのロングパットで自分がイメージしたとおりに右に切れていってカップインしたとき。たまんないアドレナリンがでる、セックスとは別の、すげえ快感なんだよ」

「そうなんだ、わたしはスポーツ苦手だからよくわかんないけど」

「だからさ、俺がわざわざ発信しなくても別にいんだよ、キースのエモーショナルかつ完璧なカッティング、まさに神業、ジョーペリーの超ノリノリのリフは俺には逆立ちしたって思いつかない、ジミヘンに至っては指が地中外生命体だからね」スティービー・レイ・ボーン、ランディ・ローズ、マイク・ブルームフィールド、ヒレル・スロヴァク……。マサは澱みなくスラスラと彼にとってのアイドルの名前とプレイスタイルを羅列した。死んだやつばっかりだった……。

「だから俺より格好いいものを作る人間がいるんだから別に俺がやる必要はないんだよ、これは諦めでもなんでもなくてただの事実。だから俺はこうやって一人でしっとり弾いてるのが好きなんだよね」

それにしてもだよ。マサはアコースティックギターを抱え直して続けた。

「路上でオナニーしてる奴らいるじゃん?」

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