ザ関西ヤンキー 01
気持ちが逸って、俺は二時より少し早くバッセン源田に到着してしまった。備え付けのテーブルセットの椅子に腰掛け、下品な煙草の吸い方ですでに一箱吸い切ってしまった。俺は持参の楓のバットを取り出して、なんとなく握りを確かめていた。俺の姿に気が付いて源田のおっさんが近づいてきた。
「ようきたな、金、忘れてへん?」
「忘れてへんわ」当日一万円を持って来いといわれて、そんなに金を取るのかと腹が立ったが、投球代ではなく、賭け金ということだ。金を賭けた方が本気になって楽しいだろうということだ。
もうひとり来るから、そいつと本塁打の数を競って、勝負ということらしい。ならばいい。俺が負けるわけがない。源田のおっさんはこの打撃勝負のことを通称『イチマンエン』というのだと嬉しげにいった。
軽く柔軟をしていたら、汚れた水色の作業着にドカジャンという建築作業員の正装で、本日の対戦相手が現れた。源田のおっさんは対戦相手が誰だか教えてくれなかった。
現れたのは龍ヶ崎一高の生駒だった。クソ鬱陶しい奴が現れた。同級生で学校も近かったので、何度か対戦している。一本本塁打を打たれているが、幾つか三振も取っている。それ以上に、何度か乱闘騒ぎを起こしている。内角をえぐるといちいち騒ぐ、気の小さいヤンキーだ。
卒業後地元では強豪として有名なノンプロに進んで、ドラフト候補にも名前は挙がっていた。しかしシーズン前の練習試合でダイビングキャッチを試みて、鎖骨と肋骨を骨折して、ドラフトの話は流れた。
地方紙のスポーツ欄に小さく掲載されていた。その記事を読んで、俺は少しほっとしたことを覚えている。その後このヤンキーがどうなったかは知らない。
「なんや、おのれか、相手、しょーもな」生駒は挨拶代わりに吠えてみせたが、俺は無視をした。生駒は聞こえよがしに舌打ちをした。
生駒もバットは持参のようだ。ケースから取り出されたバットは使い込まれたアオダモで、グリップのあたりが真っ黒だ。使い込まれた木製のバットを持っているということは、バットの芯でボールを捕らえることが巧いということだ。
木製バットは非常に繊細で、速球を先端や根っこで捕らえて詰まったまま振りぬくと、梃子の原理で簡単に折れる。プロ野球でテレビの実況がバットが折れると大げさに投手の豪速球ぶりを称えるがあれは完全な誤りだ。
生駒も俺も金属バットに比べて、飛ばない、折れたらただの木屑にしかならない、木製バットしか使おうとしない。捨てられないのは感傷だけではないようだ。
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