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ションベンカーブ 05

大学というものは、思ったよりもずっと、詰まらないところだった。とりあえず進学したこの場所に、マウンドより俺を熱くさせてくれる何かがあるとは思っていなかったけど、やはりそれは皆無だった。

ひとり言のようにぼそぼそと小声で呟く講師と、まったく授業を聞かずに終始隣同士でしゃべり続ける生徒。勉強のやる気はまったくなかったので他人のことはいえないが、不思議な光景だった。高校では、頭が悪いものは悪いなりに、黙って寝るか、漫画でも読んでいないといけなかった。

真面目に勉強をしているやつがいるかもしれない、という気配りはあった。でも最終学府であるはずのここでは、そんなデリカシーはなかった。

「なあ、自分、もうサークル決めた?」

簿記の授業が終わった後に、講堂を出ようとすると、山口と名乗る見るからに軽薄そうな男に呼び止められた。自分、という呼び方に苛立ったが、決めていない、と答えた。

「まじで、めっちゃええ身体してるやん? 野球やらん? ちゅーか来週の日曜空いてる? 春季大会やるんやけど、きーひん? 人数足らんねん」俺はそのクソ馴れ馴れしい態度と、ホストのようにうず高く盛られた髪型に、強い嫌悪感を覚えたが、野球という言葉に反応してしまった。

野球に対して、俺はまだ甘ったるいノスタルジーから自由になれていないことを自覚していなかった。深く考えずに、了承してしまった。

淀川の河川敷で、春季大会というものは開かれていた。ユニフォームもまともに揃えていないチームがたくさんあった。ぐっちゃんと呼ばれる山口は、カーキのカーゴパンツに、派手な色のスニーカーを履いていた。

グラブは真っさらで、合皮がとても硬そうだった。俺はトレーニング用の紺のジャージに、ソールは金具のスパイクを履いて、硬式用のグラブを身に着けていた。

バリ気合入ってるやん、ナリって野球やってたん?」

「いや、陸上部」と俺は即答した。こんなに手入れの行き届いたグラブとスパイクを持っている陸上部員はいるまい。

投手の四球、捕手の後逸、野手のエラー、どうしようもなく締まらない、ぞっとするような野球だった。当たり前だが、草野球というものをこれまでしたことがない。

小学校のリトルリーグから、中学、高校と野球自慢の野球バカとしか、野球をしたことがない。世間の人間がこんなに野球が下手だということを知らなかった。

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