フラッシュ 02
地下八〇〇メートルに建設された巨大な水槽の壁面に、一万個以上の光電子増倍管という、大きな電球のような装置が取り付けられている。この施設は恒星がその寿命を終えるその瞬間の現象を研究するために建設された。恒星が終焉を迎えるとき、ニュートリノという素粒子を最初に放つ。
宇宙から降り注いだその非常に小さな素粒子は純水を貫通する瞬間、水槽内の電子と衝突し、質量の軽い電子が弾き飛ばされる。水のなかでの電子は光速の七割程度の速さで移動する。散乱によって電子の速度がそれを超えるとき、チェレンコフ光と呼ばれる青色の光が生まれる。
ユーハンは、人工的に作られたその素粒子が水槽に放射される実験に立ち会ったことがある。時間にして一秒にも満たないと思うが、水槽の純水と反応して完全な闇のなかから、青い光が浮かび上がった。ユーハンはその光が通過していくときの全身のざわめきを今でも忘れられないでいる。美しい光だったが、少し怖いとも思った。
チェレンコフ光は可視光なので、被爆することはない。光の類としては、人間にはずいぶん優しいはずだ。にもかかわらず、長い宇宙の営みが一瞬目の前に現れたようで、到底ひとりの人間風情が受け止められるはずもないと思った。ユーハンはその青い光をもう一度見たかった。
***
現在上記マガジンで配信中の小説『ライトソング』はkindle 電子書籍, kindleunlited 読み放題及びPOD(紙の本)でお読みいただくことができます。ご購入は以下のリンクからお進みくださいませ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?