父の帰宅 11
マサは受付で処方箋を受け取ってソラナックス〇・四ミリグラム、パキシル一〇ミリグラム、マイスリー一〇ミリグラム、デパス〇・五ミリグラムを二週間分受け取った。そのときカウンセリングルームの基本的な考えと料金を書いた用紙を受け取っている。
マサはこのときのことをほとんど覚えていない。涙が止まらないほど衝撃を受けたからだ。「自分が前向き」としかも精神科医にいわれた。信じられなかった。自分には縁のない言葉だと思ってこれまで生きてきた。橋本先生からその言葉を聞いてから何時間も涙が止まらなかった。ヒサコさんに携帯でこんなメールを送っている。
「やられた、涙が止まりません、心を揺さぶられてしまいました。このクリニックに決めました」
橋本先生はこのときすでにマサがPTSDとまではいかないまでも何らかのトラウマを抱え、心に傷を負っていることを見抜いていた。そして回復したいと自発的にクリニックを訪れているという理由から即心理カウンセリングを受けることを勧めたのだろう。
マサはこの後心理カウンセリングの用紙を見たとき料金の部分だけが目に入ってしまった。一〇分一〇〇〇円。五〇分以内。高い、どう考えても継続的に受けられそうにない。そのことを次女の裕美に電話で話した。
「そんな高いカウンセリングなんてあんたが受けられるわけないじゃん」マサはその言葉をそのまま受け止めて自分が現在働いていないということで自分がこんなに高いカウンセリングを受ける権利がないと思ってしまった。どうしてマサの周りにはこんな発言をする人間ばかり集まっているのだろう。なんでここまで頑張ってるマサを家族の誰も助けようとしないのだろう。
一週間後マサは受付に経済的な理由で一〇分一〇〇〇円の心理カウンセリングは継続的に受けられない、継続的に受けられないのに意味があるのかカウンセラーの先生に確認してほしいと伝えた。このとき初めてマサはキョウカ先生に会った。年の頃は三〇前後で、小柄な女性のカウンセラーだった。
「そうだね、確かにお金がないのに心苦しい思いをしながらここに来ることもストレスになっちゃうしね、やっぱり心理カウンセリングとなるとある程度継続的に受けないとちょっと難しいとこともあるし、今日はお金は発生させないからお金の余裕ができてからまた来てくれるかな」
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