フラッシュ 06
「大まかな計算はできますが、我々が直面しているのはまさに天文学の領域で、厳密な放射線量など計測は不可能です。世界中の天文物理や核物理、素粒子物理の専門家が力を合わせても、間違いなく実際の放射線が到達するほうが計算するよりも早いでしょう。世紀の天体ショーを安楽に楽しむことができるだけでなんの影響もないのか、地球軌道上の衛星に不具合が起こる程度なのか、あるいはそれ以上なのか、わかりません」
「ミニットマンの自転軸がどの程度地球に向かっているのか、計算はできているのでしょうか」
「先遣の素粒子が地球に飛んできているので、ある程度はこちらを向いているでしょう。統計学的なことしか述べられませんが、ミニットマンの自転軸の延長線上に地球があるという可能性は、小惑星が地球の大気圏を突破してくる確率より遥かに低いです。宇宙規模のイベントにおいて、天文学の専門家は、皆さんよりほんの少しだけ多くを知っているだけで、大まかに見ると、専門家も素人も大差はありません」
テーラーの表情から興奮が薄れた。訊けば安心感が得られる正確な解答が返ってくるという、普段から感じる民衆の無知に疲れているのだろう。スーパー菊武三式は今日の日のために昼夜を問わず運営されてきたわけで、いい成果が得られるよう互いに頑張ろうと常套句を残して、電話会議は終えられた。
明石がラボナ天文台と電話会議をしているとき、ユーハンはタンクに向かって全力疾走をしていた。ユーハンと同じ思いの研究員やエンジニアも検出器に向かって疾走している。誰もひと言も発していない。
運動が苦手でぎこちない姿勢でしか走れない自分をこれほど憎らしく思ったことはない。胸が張り裂けそうなほど激しく鼓動を打っている。心臓が止まってもいい、チェレンコフ光をこの目で確かめなければならないのだ。素粒子の飛来がいつ途絶えるかもしれない。
超新星爆発が自分が生きている間に起こることについては半信半疑だった。しかしそれが実際に起こり爆発の規模は完全に想定外で間違いなく有史以来最大だ。こんなチャンスに恵まれることはまずない。永久ともいえる宇宙の営みのなかで、地球から観測可能な距離で超新星爆発が起こった。
そしてそのとき自分は、ニュートリノが観測できる研究施設にいる。文字どおり天文学的な確立だろう。ユーハンは逸って堪らず、長距離マラソン選手のように、タンクが埋設されている施設までの道程を全力で駆けた。
第一ゲートに着くとスタッフパスを読み取る装置に、自分のパスを押し付けた。第二ゲートでは、守衛室の前に置いてある入出記録に手書きで名前と所属と時刻を書かなければならなかった。今日ばかりはこの悠長なやりとりが許しがたく、母国語で口汚く毒づいた。
***
現在上記マガジンで配信中の小説『ライトソング』はkindle 電子書籍, kindleunlited 読み放題及びPOD(紙の本)でお読みいただくことができます。ご購入は以下のリンクからお進みくださいませ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?