第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 18
夕食までまだ少し時間があったので、僕も自分の部屋に引っ込んだ。おジィも僕も少し疲れたのかもしれない。部屋のベッドに腰を下ろして、僕は目をつむった。僕は若いころのおジィが九九式と呼ばれるライフルを構えて、イギリス人を狙撃している風景を想像した。
気骨で、紳士で、賢者なおジィ。ゲートボールのエースにして、昔、人を殺していた。大きな矛盾だった。頭が灰色のその矛盾に吸い込まれそうになった。
カブールの米兵のレイプ事件で、末期的なムードを含んだテロはさらに激化した。人々はそれを諦めテロと呼んだ。屈折した狂気のはけ口を見つけそこなった人間は、そこら中で無差別に人を襲い殺した。
ある人間達は、閉塞感を打ち破る術を見つけた錯覚に陥り、無差別に人を殺したのだ。毎日まいにち起こるそれらの出来事を誰も他人事だとは思わなくなった。僕も日常を過ごしていて、いきなり殺されるということが、ひどく恐ろしいことだという現実的な認識くらいは持てるようになった。だってとにかくそれは毎日まいにち繰り返され、テレビからは、憎しみと苦痛に心を砕かれ、何処へもいけなくなった生存者たちの言葉が垂れ流され続けている。
僕は別に聖人じゃないけど、こういう惨いことはなくなって欲しいと思う。僕にだって、僕が制御しうる未来があってしかるべきだ。僕は今のところダンサーにも歌手にもサッカー選手にもなりたいとは思わないけど、夢はとくにないけど、とりあえず生きていたいとは思う。
だから、世界が平穏な状態に変わって欲しいと願ったりもする。でも、そんなひ弱な僕の願いなんか、紛争地帯で飛び交う銃弾に簡単に消されてしまう。それでも何か一歩、具体的な歩を進めなければいけないんじゃないかと思う。
陰鬱な気分に落ちているところに、スピーカーに繋いでいたアイポッドからイギリスの三流パンクバンドが歌うフレーズが流れてきた。甘ったるくて、冗長なバラードだ。しかし今日聴くそのフレーズは違っていた。何度も聴いたことがある曲なのに、自分の心持ちひとつで、歌っていうものは力をもつんだな。彼らは、何度も何度もこのフレーズを繰り返した。僕もいっしょに歌った。
もし僕が世界をフェアリーテールに変えられるなら……。
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