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パニック発作 12

このときマサはコンピューターグラフィックスの専門学校に通っていた。この専門学校は基本的に社会人の転職用にカリキュラムが組まれていてマサは週二回だけこの学校に通っていた。

授業以外の平日は授業の復習や作品制作にあて、週末と祝日のバイトをこなしていた。しかし朝起きるとどうしてもバイトに行きたくない、働きたくない、働くところを想像すると気分がいっそう落ち込む。でも休むわけにはいかない。そんな状態が続いていた。そして森川神経医院に相談した。

「今日はどうしました、かなりしんどそうですね」

「はい、ここ最近うつ状態が続いています、どうしても働きたくなくなります、誰にも会いたくなくなって、部屋のベッドにずっと潜り込んでいたいという衝動に駆られます」

「そうですか、じゃあ今日は別のお薬を出しときますね」

ルボックスが処方された。ついに抗うつ剤が処方された。これだけは飲みたくない薬だった。なぜだか分からない。抗うつ剤という響きが精神系、神経系の病の象徴のように思えたからかもしれない。

『アリー my Love』のアリー・マクビールも幻覚、幻聴、やりたい放題だったけど結局抗うつ剤をトイレに流してしまった。自分にはこの薬は必要ないと。僕もそうしたい気分だったけど仕方が無い。飲むしかない。さらに睡眠障害がひどくなってきているということを伝えたのでロヒプノール二ミリグラムも処方された。

睡眠薬のイメージは大量服用して自殺するといったもので、飲んでそのまま死んでしまったらと思うとどうしてもこの薬だけは飲むことができなかった。睡眠薬に誰もが抱く第一印象にマサも悩まされた。

躊躇はあったが医者のいいつけどおりルボックスを飲んでもうつの症状は一向に改善されなかった。そしてついにマサはバイトを辞めた。上司であるキャディーマスターに正直に現状を話した。マスターはもうひとつよく分からないという顔をしていたがマサはもう働けないとだけはっきり伝えたので辞めることができた。

このときアルバイトを辞めたことでそうとう母親と口論になっている。

「あんたがバイト辞めたら誰が教育ローン払うのよ、お母さんそんな余裕ないわよ」

「分かってる、教育ローンは在学期間中は支払わなくていいシステムがあるから納期延長は可能だから。でもできれば払っといてくれないかな、バイトできそうになり次第僕がまた払うから」

「あんたはほんとに先のこと考えないで、勝手に自分の都合でお金借りてやりたいことするだけして、勢いやそんなものだけで判断しないでちょっとは冷静に自分のこと考えてから物事判断しなさい」

マサは常に物事を冷静に判断して、客観的にみても最良と思える行動をとってきている。そして自分の責任でもないことに自分で責任を取り続けた。経済的理由でマサが死ぬようなストレスを強いられているのも元はといえば両親の責任なのに。理解しがたい母親の言葉だ。

そしてマサは病院を変えた。昭和の地方都市には必ずあった「いつまでもそんなことしてたら××病院連れて行くからね。あそこに入ったらもう一生出られないんだからね」と親が子どもを叱るときの脅し文句に使われた鉄格子のついた精神病院だ。

マサも最初はそうとう抵抗があったが家から一番近いということで谷口病院に病院を変更した。

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