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フラッシュ 01

旧世七二四年、皇極国の北越エリアにある地下施設で最初の予兆が捕捉された。

研究員としては若手の明石敏幸は、国際素粒子物理学会という名前だけ聞くとそれなりに立派な学会に参加していた。各地の研究施設に持ち回りでやってくる学会の運営が、今年はこの施設に当たっただけのことだ。

明石には、招待者のホテルの部屋割りや、レセプション会場の手配、ケータリング業者との価格交渉など、不眠不休で勉学に励みようやく取得した博士号がまったく役に立たない雑用が割り当てられた。学問の世界もよほどの天才でない限り、自分が所属する研究室の人間関係に神経を使わなければならない。勉強だけしておけばいいシンプルな世界ではけっしてない。

このときの学会では議長を務める部門長をはじめ、お偉方にはそれぞれの面子があるので、雑用についても進捗状況を逐一報告し、研究のデータ検証をするときと同等の集中力で仕事に挑んだ。

発注していたはずのポスターが会の前日になっても届いていないことが判明し、部門長にどやされて徹夜で手配をする羽目になったときはキモを潰した。しかし悪いことばかりでもなかった。

普段はほとんど関わりのない、経理部や総務部、広報部の綺麗どころが、学会の庶務に借り出されている。学会の準備は大変だが、始まってしまうと大きな問題もなく進行し、運営事務のスタッフたちで食事を一緒に取ったり、控え室で談笑したりと、男女が気持ちを近づかせるために必須な時間を送ることができた。学会進行中のお祭り感が、さらにその場にいたスタッフの気持ちを高揚させた。

「総務課の立花さん、元キャビンアテンダントのご学友、連れてきてくれるってよ。立花さんも美人だしな。すでにこのコンパは成功してるんだよ、リー君。素晴らしいだろ」明石は大陸からのインターンのリー・ユーハンににやけて自慢した。ユーハンは総務課の立花はアクトレスのように美しいと褒めていた。

「明石さん、私呼ばれてないの、とても腹が立つ」ユーハンはまったく腹立たしい表情を見せずに微笑みながら言った。

「リー君、この研究施設に就職して、苦節五年。俺が死ぬまでに飛んできて欲しいな、程度の緩いテンションで、来る日も来る日もモニタ眺めて来たんですよ。気が付けば三〇歳を過ぎてしまった。たまにはこういう楽しい事もないとやってられないでしょう」

ユーハンは大陸の名門、三十九族総合大学で素粒子物理を専攻し、博士課程を経て、大学からのインターンシップとして『スーパー菊武三式』に勤務している。ニュートリノ検出の世界的最前線で実際に働くことができて、ユーハンは非常に満足していた。

施設の地上部には職員や研究者のためにスーパーやコンビニ、居酒屋が申しわけ程度に営業されているが、研究施設の目的の性質上、常に周囲は静寂につつまれ、ひっそりとしている。

地方都市の小作農の倅として生まれたユーハンにとって、華やいだ大学内にある研究所より、自分の性に合っていると思えた。明石をはじめ、施設運営に従事している人間は非常に勤勉で、いつ飛来するかわからない極小物質の検出のために、常に万全の準備を怠らなかった。

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