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第1章 ヨウとおジィ 昔ばなし 08

「食いたかった」日野上等兵がしみじみと漏らす。補給が叶わないがことが分っていたインパールへの進軍は、武器や食料を運ばせる役に牛を選んだ。兵站を果たせば、最後は兵士に食われてその役目を終える予定だった。しかし、山岳の獣道で牛を引き続けることは、想像以上に過酷な労働だった。挙句に、チンドウィンの渡河で、すべての牛が溺れ死んだ。

川幅六百メートルの河川を牛に渡らせること自体が無謀だ。むろん、牛に限らず、人間も、たくさん流された。ジンギスカンが聞いて呆れる。青々とした森林の中で、どうして人が飢えようかと司令官は豪語したが、マラリアの高熱と赤痢の下痢のさなかで、草や木の皮では、人は生きていけない。

音よりも先に、振動が伏射ちの構えをとった胴体に、地面から伝わってきた。M3が姿を現した。情報どおり三両。後方に数十人の歩兵も目に入った。わたしは、一度深く、息を吐いてから、吸い込んだ。そして、意識的ではないが、いつものように歌うような抑揚を与えて、経を唱えていた。松下曹長が狙撃中は、経を唱えるという噂は本当であったのですね。

日野上等兵が目を輝かせながらいったが、わたしは無視をした。経を唱えるのは、むろんわたしが狙撃眼鏡の向こうに狙いを定めている兵士への供養だ。願わくは、苦しまず往生しろと。しかし、経を唱えると、気持ちが落ち着き、銃や触れている地面とより一体になれるような気がした。

わたしの集中力は、研ぎ澄まされ、狙撃の精度が上がる。経を唱えるほどに、死人が増えるのだ。

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