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フラッシュ 04

「――だから、とりあえずどこそこのランチの温野菜が旨いとか、そんな話してたらいんだよ。女が興味あるのは精子だけで、陽子も中性子も知ったこっちゃねえって。理系の博士号持ってるっていう響きだけでいんだよ。モールで買ったチェックのシャツだけは着てくるなよ」ユーハンには明石の会話が耳に入っていたが、これまでのように笑って聞く余裕はまったくなかった。明石はユーハンが近づいてくるのに気づいて無駄話をし過ぎたと思い、携帯電話の通話口を手の平で押さえて申しわけなさそうに謝った。

それでもユーハンが表情を変えずに駆け足で迫ってくるのを見て明石は訝った。ユーハンが叫んでいる、この施設内でもっとも重要な単語を聞き取れていなかった。少し訛りのあるアクセントで必死になって伝えようとしているその単語を、明石はやっと聞き取ることができた。そしてそのまま会話中の携帯電話を切った。

「明石さん、超新星爆破が起こってます」

ユーハンは確かに、超新星爆発と何度も繰り返した。明石はモニタを見ると、俄かに現状を信じられず数秒間その場に立ち尽くした。しかしすぐに我に返り、大量イベント発生時、つまり超新星爆発が起きたときのマニュアルをキャビネットから引っ張り出して事に当たった。

「リー君、タンクのチェレンコフ光を目視してきて。このイベント数だと容易に見えると思うから」万が一検出器の誤作動だとしたらこれから踏む手続きをすぐに止めなければならない。

「ないと思うけど、線量計が少しでも反応したら、すぐにその場を離れて」

「はい」ユーハンは自分を奮い立たせるように、しっかりとした返事をした。

当直リーダである明石が手順に従って、理事長以下、各役員、部門長へホットコールを鳴らした。この施設は、まさにこのときのために何百億もかけて建設運営されているのだ。

「部門長、状況報告をいたします」

「明石リーダ、現状報告をお願いします」普段なら軽口を交わすなかの部門長相手に、変なちぐはぐな間を覚えるところだがそんなことを言っている余裕はまったくない。

「午後二〇時二六分一七秒……………、イベントが発生いたしました。捕捉した該当素粒子が四〇万を超えた辺りから、計器の反応にばらつきが見られ始めました。解析ソフトの処理能力を大きく超えたためのエラーと思われます。連絡がついたすべての技術者にシステム復旧にあたってもらっています」後に発生したイベント数の詳細が明らかになり、その数は二〇〇〇兆を超えていた。

「部門長、超新星爆発が発生していると思われます。今イベントの原因を超新星爆発と定義いたします」

「定義を許可します。マニュアルの手順に従って、各機関へ連絡をお願いいたします。私もすぐに向かいます」

部門長とのやり取りが終わるとたまたま残業で事務所にいた利用業務課の女性スタッフが中央制御室に慌てて入ってきた。

「明石さん、ラボナ天文台と会議準備できました」

ラボナ天文台はスーパー菊武三式とは地球の裏側に位置している。明石は時差を考慮してもっとも連絡が付きそうなキルケ共和国にテレビ会議を申し入れていた。明石の施設用の携帯電話はさっきから鳴りっぱなしで、利用業務課からの連絡はまったく繋がっていなかった。

明石はノートPCを小脇に抱え、資料になりそうな書類を荒っぽく掴んで中央制御室を出た。エレベーターを待つという行為が我慢ならなかったので、階段を一気に駆け上がった。

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