見出し画像

急性硬膜外血腫 10

手術当日まずマサに意識をぼんやりさせるように筋肉注射が打たれた。

「筋肉注射ですか、恐ろしく痛いんでしょ?」

「痛いよ、我慢してね」

マサは手術直前に看護師と冗談交じりでこんな会話をしている。筋肉注射は打たれたが意識はそのままだった。そしてベッドごとオペ室に移されるときには全身にアドレナリンが放出され、恐怖や不安はまったくなく、そうとう気合が入った状態だったという。

オペ室に運ばれてまず口から麻酔薬を吸わされた。そして次に左手に麻酔薬が投与される。血管の位置が分かるほどの激痛が左腕に伝わる。一瞬、『デッドマン・ウォーキング』のラストシーンが浮かんだ。

俺は処刑されるわけじゃない。でもショーンペンもこんな気分だったのだろうか。そう思っている内に一瞬で意識を失った。

目を覚めたらまたICUのL字型のカーテンレールが見えた。次の瞬間今まで味わったことのない激痛がマサを襲った。この世にこんな痛みがあるのかと思った。当たり前だ、頭を左耳から右耳まで裂かれているのだ。この痛みは我慢できそうにない。

すぐにナースコールをして鎮痛剤を投与してもらった。しかし激痛は消えない。このときマサは思った。モルヒネでもなんでもいいからこの痛みを消してくれ。痛みで死にそうだ。ここまでとは思わなかった。頭痛に猛烈な悪心が伴った。

手術前は食事をとってないので吐くものなど無い。しかし一晩中は吐き続けた。吐き止めは何の役にもたたない。ひたすら胃液だけを吐き続けた。頭の激痛と吐き気は想像を絶した苦痛だった。前回の手術と違って意識がはっきりしているので痛みも非常にクリアだ。

さらにバルーンカテーテルも痛む。看護師に自分のペニスを触られるという恥じらいなど感じている余裕などまったくなった。とにかくなんでもいいから痛みを消してくれ。

マサは再び一般病棟に移った。ここまでマサはあらゆる苦痛に耐えてきた。強烈な頭痛、常に熱は三八度を超えていて、その上パニックの恐怖にも耐えなければならなかった。

先生の判断で今は頭の治療にすべてを集中させないといけないのでパニック障害用の抗うつ剤などは投与されなかった。マサは夜中に襲ってくるパニック発作なのか何か分からないが気が狂いそうな状況にひたすら耐えるしかなかった。

母親が持ってきたお守りにしがみついてどうかこの状況から救ってくれとひたすら祈った。医師が薬を投与できないというのだからお手上げだ。我慢するしかない。

マサは左鎖骨を骨折していたので両肩を固定するバンドのようなものを常に装着しておかなければならなかった。マサは身体的拘束を異常に嫌った。自力で脱出できない電車や飛行機を怖れるのと同じ理由で、身体に何かを装着されることが耐えられなかった。

ある夜マサはナースコールを鳴らし、看護師に固定バンドを外してくれと懇願した。しかし看護師としてはまだほとんどくっついていない鎖骨を固定するバンドを外すことはできないと答えるしかなかった。パニック発作を起こしながら薬は投与されず、我慢するしかなった。

***

掲載中の小説『レッドベルベットドレスのお葬式 改稿版』はkindle 電子書籍, kindleunlited 読み放題, ペーパーバック(紙の本)でお読みいただくことができます。ご購入は以下のリンクからお進みくださいませ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?