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天蓋はお釈迦様の傘

傘をさしてもらうくらい偉い。

お寺の天井を見上げてもらうと金箔で装飾されたものや黒く塗られた傘のような仏具が仏像や住職の座る位置の上方につるされています。
これを「天蓋」(てんがい)といいます。
この仏具は仏の威徳を表現し、その下に座る者に対する敬意を示すインド由来の仏具です。
 
 古代のインドでは強い日差しを避けるために王様や位の高い身分の人は待者に傘をさしてもらっていました。
その慣習はのちに傘そのものんが権威の象徴となり、敬意を表す表現へと変化していきました。つまり傘は傘をさしてもらえるほど偉い人を表すようになります。

仏典には敬意を表すために信者であった王様がお釈迦さまに王様自身が傘をさしてあげたという書き込みもあります。
天蓋はこの敬意ある相手への傘が原型になり、時代や地域を越えて進化していった仏具です。
現在ではなかには傘というカタチを離れた進化をしたものや天井そのものに天蓋を描いた物など形は様々なものが残っています。

天蓋には二種類ある

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天蓋には人天蓋【にんてんがい】仏天蓋【ぶってんがい】の二つ種類があります。人天蓋は僧侶の頭上に、仏天蓋は本尊様などの仏像の上部に設置されます。それぞれ様々なデザインがあり、大きさや付属部品によってグレードが分かれます。

天蓋の形

天蓋は大体三つ形のグループに分けることが出来ます
○四角や六角多角形で金箔で覆ったもの
○花や雲などの何かを模した象徴的なカタチのもの
○黒や朱塗りの軀体に幡や瓔珞を用いたもの

それとは別に吊り上げずに天井そのものに傘を描いたり彫り込んだものや平等院鳳凰堂や三月堂には特別な形のものなど吊り下げられています。
また様々な装飾が施されており、それらはすべて仏教の教義のエッセンスが取り入れられてものです。
これらの形の由来や祖型がどこから来てどう伝播していったかは僕自身まだ調べ切れていません。
ただ僕の予想では四角形のものは中国・西安やシルクロード界隈からでその他の多方形は中国南湾岸部の方から来たのではないかと思っています。
これについては今後調べていきたいと思っています。

世界の天蓋

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旅の途中で出会った各地の天蓋も少しまとめてみようと思います。

①ミャンマー・パガン
世界遺産パガンの仏塔群の中で見た頭上の装飾です。天蓋と形容して良いかはわかりませんが古代でも現代でも東南アジア圏ではこのような幾何学模様が天井に描かれたものが多かったです。これに似た模様は日本ではお袈裟の生地として使う金襴によく見られます。

②タイ・チェンマイ
頭頂部の中央に円環系の紋様を置くものも結構見かけました。日本の三月堂型に繋がるように思います。三月堂型も円環に並んだ宝相華を周囲にして鏡はめた一輪の花を思わせるような形をしています。僕は同じ製作理念のグループではないかと思っています。

③西安・広仁寺
西安の中心地にあるチベット寺院・広仁寺の天蓋です。布製で四角形が二重に重なっています。チベット文化圏全体で天蓋はこの形がほとんどだったのでチベット仏教では天蓋はこれが基本ではないかと思います。
また布製の天蓋は法顕伝の中で于闐国(今は新疆エリアの和田:ホータン)での記述に登場するので1600年くらい前には存在したと考えられます。
おそらく原初の形にかなり近い形態をしているのだと仮定できます。

④タイ・バンコク
バンコクで見かけた天蓋ですが、上座部仏教系の東南アジアではよく見かけます。たしかこの形はもともとは仏塔やストゥーパの上部にある傘蓋の発展系だったと記憶しています。この資料も何処かにあったのような気がしていて探しています。
インドかネパールの博物館で傘蓋の起源についての資料を見ました。(写真撮りそこねました…。)最初期の仏塔は土を盛っただけの塚だったそうで、風雨や日差しに曝されていたままだったので、それを見かねた信者が傍に開いた傘を供えるようになったとのことです。それが次第に頭頂部に取り付けられるようになったのが起源だそうです。ですからこの仏塔を起源とする日本の五重塔にも傘蓋が付いています。
おそらくこの形もチベット系と同じように古い形を維持しているのかもしれません。

⑤西安・大慈恩寺
大慈恩寺は三蔵法師がインドから持ち帰った経典を保管したお寺です。日本の仏教においても非常に重要なお寺になります。この龍の彫り物をした天蓋は天井に埋め込まれる形で設置されています。このような形は東南アジアの華僑系社会の中でも見られたので中国では一般的な作りのようです。
龍以外に天女が書き込まれたものもありました。このデザイン案は日本の天蓋にも受け継がれています。

⑥敦煌・莫高窟
現在莫高窟は内部の撮影は禁止になってます。この写真は手持ちの資料を撮ったものです。このような四角の図柄が天井に描かれているものや①の写真にあるような蒲鉾型の天井に幾何学模様を配したものがありました。
敦煌をはじめここからシルクロード伝いでインドに至る道にはまだまだ石窟系の寺院がたくさんあります。ここ以外にも二箇所ほど見たきましたが基本は石窟なので平面図で⑤のような立体系はありません。時代背景や位置関係から⑤は⑥の発展系であると考えてようと思います。なので日本のもので四角型で天女の描かれたものはこの流れであると考えられます。

また中国には天井に「井」の字は区切られた領域を意味する象形文字であるとされ、神域を表す表現という指摘もあります。①や②のような幾何学的はデザインではなく天女を配するのは中国的思想を起源とするという指摘もされています。ですからこのタイプはインドから伝来したものが現地の思想と混ざり合った発展系であると考えることもできます。

デザインについて

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莫高窟の天女柄が天界を表現するように天蓋の細部には吉祥という縁起のよい柄や仏教的なエッセンスを混ぜた意匠が施されています。
例えば天蓋のほとんどには「瓔珞」というビーズネックレスようなものが吊されています。この瓔珞は本当にビースネックレスが原型になっているそうです。古代の仏像には権威の象徴として貴族や王族が身につけた宝飾品として首輪が付けられており、これも瓔珞といいます。
そのほかにも軀体には唐草模様や鳳凰の彫り物が施されたものがあります。これらは古代より繁栄や権威、転生などの象徴として用いられる柄です。写真の傘の上部には仏法の守護者である龍の頭部が取り付けられています。これらのデザインが仏教の重要なエッセンスを加味するための装置になっています。

胴体について

 唐草・龍頭・鳳凰などの細かな彫り物や曲線を作るために胴体にはノミが入りやすい柔らかくて軽い木材が使用されています。
黒塗りや朱塗りのものはこの胴体に下地処理をして直接漆や塗料を塗って色をつけていきます。
金箔の場合は漆や化学漆を接着剤にして金箔を少し重ね合わせて貼り付けながら表面を覆います。ですので近づいてよく見ると金箔と金箔の継ぎ目に線ができます。

表面はデリケート

この金箔は非常に薄く年月とともに剥がれやすくなり、金属や爪などで容易に傷が付いてしまいます。またどちらの作りでも年月を経つと下地の接着剤や塗装が脆くなります。埃を布で拭き取ろうとして金箔や塗装を剥がしてしまうトラブルもよく起こります。
退色は味わいと捉え、埃は布や手で触れずにハタキで払うくらいにしてとにかく直接触れないことを心がけてください。

最も多いトラブル

僕が在職中最も多かったトラブルは瓔珞の落下です。古いタイプの瓔珞は木綿の糸を使ってパーツを繋いでいます。それが腐敗や地震などをきっかけにちぎれて落ちてくるトラブルは度々ありました。
こうした場合、繋ぎ直しという対処法があります。つまり部分修理です。すべての法衣店・仏具店が請け負えるというわけではないと思いますが、糸をステンレスワイヤーに変更し、欠損部分があれば新しい部品に取り替えます。
他にも幡や羅網といった胴体に吊りさげる形の装飾品はいろいろあります。
いずれの場合も落下したらはたとえ部品が割れていてもすべて回収し専門家に渡すことをお勧めします。

値段の違いはなぜ生まれる


そもそも宗教祭礼具に価値を見出し、差異を作るのはナンセンスなことだと言えます。

それでも職人さんの手仕事や文化財として価値の違いを説明できたらと思います。

違いを一言で言うと「表面積の違い」が価値の違いです。

車なら軽より5人乗りの方が高いですよね。
単純にサイズが大きくなるほど必要な木材が増えるので高くなります。

それに加て全体の装飾が増えるほど価値が上がっていきます。
龍頭や鳳凰、欄間が入るなど彫り物がこっているや欄間や馬連が裏表掘っている場合はさらに価値が高くなっていきます。
瓔珞で説明すると理解しやすいです。

瓔珞には「三つ枠」と「四つ枠」という二種類があります。

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三つ枠の写真の方がわかりやすいですが、要するに断面が三方向に爪が伸びたものです。四方向に爪が伸びると四つ枠です。

四つ枠の方が爪が多いのだからつまり加工面積が増えるということです。
それはそのまま金箔物であれば「金箔の枚数が増える。」、塗り物であれば「塗料の量が増える」ので必然的に原価が上がるのです。

法具に価値の差異をつけるのはナンセンスかもしれませんが大きくて金箔で彫り物が多いものほど価値が上がってしますのです。

現役時代に言われたんですが
「兼務のお寺にこれと同じものがあるんだけで、どうしてこっちのお寺の方が修理費高いの?」
と聞かれたことがありました。
「よく見てください。こっちは四つ枠で欄間も一段多いです。」
つまり表面積が違うのです。

修理の時に気をつけること

では修理の時に気をつけることは何かというと。
①落ちた部品を集めておくこと
②天井裏の構造を理解すること
③本堂全体のトータルで判断する
④できるだけ檀家さんと一緒に

この四点を僕は経験上挙げたいと思います。

①は瓔珞のトラブルで説明したように落下したら部品を集めておく。たとえ割れていても直せるかどうかはプロの判断に委ねてください。経験上ほとんどのものは思っている以上に直せました。

②天蓋は本堂の工事に合わせて行うこともあります。ですので天井の構造が変わる場合は天井裏で天蓋を吊るための方法も変わります。それまで使っていた吊り金具を新調する必要があります。また吊り金具も劣化します。修理と合わせて新調することを検討する方がいいです。

③トータルバランスが1番大切です。例えば天蓋を修理しても一緒に吊る幢幡を一緒に修理しないと天蓋だけが目立ってしまいます。また劣化の速度にズレが出てしますので次の世代での修理の際にも同じことに悩むことになります。

また本堂改修に合わせて天井が高くなった場合、それまでより視覚上の距離が伸びるので小さく見えることや低く釣ってしまうと逆に頭上がスカスカに感じる場合があります。
本堂改修に合わせる場合は設計の段階から仏具のレイアウトも含めて考えることをお勧めします。

④これは僕の願いでもあり現役時代に行き着いた考えなのですができるだけ檀家さんには修理現場に立ち会ってもらう方がいいと思っています。

現役時代に何度か修理仏具の引取時に檀家さんに手伝ってもらったことがあります。
特に人天蓋はかなりの重量になるので吊り下ろしの時に人手が必要になるんで吊り下げのロープを引いてもらったりしました。

こうして手伝ってもらった現場では皆さん出来上がったものを見上げるようになってくれたように思います。
「綺麗になったねぇ~。」
納品の際にも来てくれるようになりましたし、それからも綺麗に守ることを意識するようになってくれたと思います。
(ちなみに修理したものはさすがに何かあってはいけないのでプロだけで作業しました。)

僕は特に大型の仏具の修理はお寺にとって歴史を作る大事なイベントであり、それを通して仏具を大切に扱うということを再認識してもらういい機会になると思っています。

法具に価値を加えるのはナンセンスなことなのはわかっていますが、みんなで吊った、みんなで直したという意識は修理に関わった職人さんでも付加できない価値だと思います。
ずっと仏具を大切にしていくためにでできるだけたくさんの人で価値と意識を共有するために僕は檀家さんにも簡単な作業に手伝ってもらうや立ち会ってもらうは良いことだと思うのでオススメしたいと思います。


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