仏教に学ぶ生き方、考え方「極楽世界と人間界の違いとは?」
極楽世界は人間界と違い、苦しみや悲しみ、怒りや恨みなどが「ない」世界と言われております。
それは苦しまない「環境」があるからだと思われているかもしれません。
確かに極楽浄土の世界観は優雅で暑くも寒くもお腹が空くこともなく、いわば「苦しみの元が消されている」状態ともいえるでしょう。
でもそういうふうに「環境を整えれば」苦しまないのでしょうか?
たぶん「そうではない」と思います。
どれだけいい環境でも、「心の中の環境」が悪ければそのように見えてしまうでしょう。
つまり仏になろうとすることは、環境を整えるのではなく、「心の中の気持ち」を整えていくということでもあります。
一言で整えると言っても何をどうすればいいのか皆目検討がつきませんよね?
なので何をどうすればいいのかを考える必要があります。
その前に仏とはそもそもどういう存在なのでしょう?
また悟りを開くとは、どういうことを言うのでしょう?
私は最近、ひたすら自分を忘れて人のために何かをすることが「悟り」であり、そうしようとする人が「仏」ではないかと思うようになりました。
それは大変難しいことだけど、そういう「心のベクトル」は持っていたいと思うのです。
そして苦しみから「逃れる」にはそういう心持ちになる以外に「方法がない」ような気がしております。
☆今日の一句☆
仏とは
忘己利他を
行ず人
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