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遺言作成の準備には何が必要?

 こんにちは。弁護士・中小企業診断士の正岡です。
 遺言には,亡くなった後に残った財産(遺産)の処分方法を決めたり,相続人間の遺産分けのトラブルを防ぐなどといった重要な意味があります。
 しかし,遺言を作る前にどのような準備をすればよいか分からない方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 そこで,この記事では,遺言を作る前の準備事項についてお伝えしていきます。

1 遺言能力の確認

 有効な遺言を作るためには,遺言作成者に「遺言能力」があることが必要です。遺言能力とは,遺言の内容やそれによって生じる結果を理解する能力のことです。
 遺言は,亡くなった後の財産関係等の処分を決めるという重大な効果をもたらすため,遺言の内容や結果を理解・判断できるだけの能力が必要とされているのです。
 この遺言能力ですが,ご自身で自発的に遺言を作ろうとしている方の場合,あまり問題になりません。自分の財産や将来の相続人のことを考えて遺言を作ろうとしているわけですから,理解・判断能力がしっかりしていることが多いためです。
 
 遺言能力が問題になることが多いのは,財産の所有者が相続に向けた対策をせずに年月が経ってしまい,それを見かねた周りの親族等が,財産の所有者に遺言を書いて欲しいとお願いをする場合です。
 例えば,事業用の資産については,お元気なうちに後継者に引き継ぐ対策をとっておくべきですが,事業用資産の所有者が何も対策をしないまま月日が流れたとしましょう。所有者は高齢になり,頻繁に体調を崩すようになっていました。身体機能や判断能力も衰え,福祉施設に入所することになりました。後継者は,所有者に事業用の資産だけでも自分に相続させる遺言を書いて欲しいと考えました。しかし,時は既に遅く,所有者は重度の認知症になっており,遺言を作るだけの理解力は残っていませんでした。
 
 ご親族が所有者に遺言を作ってもらいたいが,所有者の理解力が落ちてきていると感じる場合には,所有者に遺言能力があるかどうかを確認しておく必要があります。
 例えば,所有者の了解のもと医師の診断を受けてもらい,所有者が認知症になっていなければ,医師に認知症でないことの診断書を作成してもらうことが考えられます。
 もし認知症になっていたとしても,その程度が軽度で,作成しようとする遺言の内容が簡単なものであれば,遺言能力が認められることもあります。遺言能力があると思われる場合には,その時の判断能力を客観性の高い記録として残しておくことが重要です。
 判断能力に関する医師の診断書を取得しておくことや,所有者の了解を得たうえで日々の会話がしっかりできることを動画撮影したり,遺言書の作成時の様子を動画撮影することも考えられます。

2 推定相続人とその相続分の確認

 推定相続人とは,今後の相続のことを考えた時に,相続人になるはずの人のことをいいます。誰が相続人になるかは,相続が始まってみないと分かりません。例えば,相続が始まるまでの間に,相続人になるはずの人が亡くなることもあります。そこで,暫定的に相続人になるはずの人という意味で,相続人の前に「推定」という言葉が入っています。
 遺言を作成する前には,この推定相続人と各人の法定相続分を把握しておくことが重要です。遺言を作らずに相続が生じたならば,誰が相続人になって,それぞれがどのくらいの財産を相続するか把握しておきます。関係者が多い場合は,相続関係図といった図で表しておくと分かりやすいです。
 これによって,将来の相続関係を正確に把握し,誰にどれほどの財産を分配すれば良いか検討しやすくなりますし,下記の5でご説明する遺留分の把握にも役立ちます。

3 財産とその価値の確認

 ご自身の財産であっても,意外と正確には把握できていないことがあります。遺言で財産の分配をしようとする以上,その対象になる財産を把握しておくことが必要です。これを怠ると,遺言に記載した財産に抜け漏れが生じたり,当初想定していた財産の分配額と異なってしまうおそれがあります。
 以下に,よくある財産について記載します。把握した財産は,財産目録などの一覧表に整理しておくと分かりやすくなります。

ア 不動産
 土地や建物には何があるでしょうか。見落としがちな田畑や山林はないでしょうか。土地や建物の価値はどうですか。
 市町村から毎年送られてくる固定資産税・都市計画税の課税明細書や,市町村に保管してある課税台帳などを調べると,土地建物やその固定資産評価額の一覧を知ることができます。
イ 預貯金
 預貯金はどうですか。どの銀行のどの支店に預貯金がいくらあるでしょうか。失念している定期預金などはないでしょうか。
 なお,信用金庫や信用組合等に預金がある方は,出資をして会員や組合員になっている場合があります。出資金も財産ですので,忘れずに把握しておきます。
ウ 自社株式
 会社を経営している方の場合,ご自身が保有している自社株式の数はどうなっていますか。自社株式の評価額はいくらでしょうか。
エ 有価証券や金融資産
 株式や国債などの有価証券,投資信託などの金融商品はお持ちでしょうか。それらは,どこにどのようなものがいくらあるでしょうか。
オ 貴金属類
 ご自宅や貸金庫に貴金属はないでしょうか。何がいくら分あるでしょうか。
カ 生命保険
 受取人が指定されている生命保険金は,指定された受取人固有の財産となり,相続財産とはなりません。もっとも,遺言を検討する際には,各推定相続人への財産の分配額の公平を考えるために把握しておくべきです。
 また,民法上は相続財産とならなくとも,相続税法上は相続財産とみなされますので,相続税の検討のために把握しておく必要があります。
キ 債務
 見落としがちですが,債務も相続の対象になります。どこに(誰に),どのような債務が,いくら程あるでしょうか。

4 過去の贈与等の確認

 過去に推定相続人に贈与をしていた場合,贈与の内容や金額を考慮したうえで,遺言によって分配する財産の金額を決めることがあります。例えば,ある推定相続人には多額の贈与をしているので,遺言で分配する財産は少なくしようといったこともあります。
 贈与を理由に各推定相続人への遺言による分配額を調整した場合,残された相続人にそれが分かるように,付言事項として遺言に記載しておくことがあります。付言事項については,下記の8でご説明します。
 また,一部の相続人が,亡くなった方から贈与や遺贈によって特別の利益を受けていた場合,相続後に相続人間で相続財産を分ける際に,それらを反映させて相続人間の公平を図る制度があります。これを「特別受益の持ち戻し」といいますが,亡くなった方が生前に又は遺言で,「特別受益の持ち戻しをしなくてよい」と免除する意思表示を行うことができます。この意思表示を遺言で行うことも少なくありません。
 これらのことから,以前に行った贈与の内容や金額を把握しておいた方がよいでしょう。

5 遺留分の確認

 遺留分とは,兄弟姉妹を除く相続人に最低限保障された相続財産の割合のことをいいます。
 財産の処分は所有者の自由なので,財産を贈与したり,遺贈したりして,無償で他人にあげることができます。一人の推定相続人だけに,全ての財産を生前に贈与したり,全ての財産を遺言で渡したりすることもできます。
 ただし,これらによって遺留分を侵害された相続人は,遺留分を侵害するような贈与や遺言で財産を受けた人に対して,遺留分を侵害された金額の支払を請求することができます。これを遺留分侵害額請求といいます。
 遺留分を侵害する遺言を作成した場合,遺言で財産をもらった人が,財産を貰えなかった相続人からお金を請求されることがあるということです。
 したがって,遺言を作成する場合には,各推定相続人の遺留分がどうなっているのかを把握しておくべきです。
 そのうえで,遺言が遺留分を侵害する内容となっていないか,侵害しそうな場合には何か手当をしておく必要がないかなどの検討をすることになります。

6 財産の分配方法の検討

 各推定相続人の相続分,過去の贈与等,遺留分,財産の内容,誰に何を分配したいかという意向,相続税対策の必要性なども考慮しながら,誰にどの財産をいくら分配するかを検討することになります。

7 予備的遺言の検討

 予備的遺言とは,遺言で財産を受ける予定の人が遺言者よりも先に亡くなってしまう場合に備えて,その財産の次の取得者を決めておく遺言のことです。
 例えば,Aさんには,推定相続人として2人の子供Bさん,Cさんがおり,同居しているCさんに自宅の土地建物を相続させる旨の遺言を書いたとしましょう。
 このときに,もしもCさんがAさんより先に亡くなったらどうなるでしょうか。この場合,基本的には,この遺言は効力を生じないことになります。 
 仮に,Cさんに子のDさん(Aさんの孫)がいたとしても,特段の事情のない限り,Dさんが遺言の効力を受けることにはなりません。この場合,土地建物について,BさんとDさん(Cさんの代襲者)とで遺産分割協議をする必要があります。
 このような事態を防ぐには予備的遺言が有効です。先ほどの例でいえば,CさんがAさんより以前に死亡していたときは,Dさんに自宅の土地建物を相続させる旨の遺言を書いておくことになります。
 遺言で財産を受ける予定の人が先に亡くなる場合も想定し,その財産を次に誰に与えるべきかを考え,予備的遺言を残すことも検討しましょう。

8 相続人に気持ちを伝える文章(付言事項)の検討

 遺言を作成した理由,財産分配の理由,円満な相続の希望,葬儀や納骨等に関する希望,遺族への感謝の気持ちなど,遺言に付け加えて書いておきたい事柄もあると思います。
 このような記載は,法律的な効果を生じるわけではありませんが,遺言者自身の考えや希望を相続人に伝えることができるため,遺言の円滑な実現を図り,相続人間の紛争を防ぐことにつながります。
 このような記載を「付言」といいます。付言は,法的効果を生じる遺言事項と区別するため,「付言事項」などといった表題を付け,遺言書の文末に記載することが多いです。
 相続人間の紛争を防いだり,ご自身の気持ちを伝えるために,付言の内容についても検討してみてください。

9 相続税の検討

 相続税の基礎控除の範囲(3000万円+600万円×法定相続人の数)を大きく超える資産をお持ちの方の場合,残された相続人の相続税の負担も気になるところです。
 相続税の負担を軽減するために,生前の贈与の活用,小規模宅地等の特例の活用,生命保険の活用,配偶者控除の活用,配偶者居住権の活用など,様々な節税策が考えられますし,夫の相続後に妻の相続が生じるといった2次相続まで考慮して相続税の負担を検討すべきケースもあります。
 相続税の負担を軽減するために,当初考えていた遺言の内容を変更する必要もあるかもしれません。
 相続税が気になる場合には,遺言作成前に,推定相続人や財産の内容を明確にしたうえで,税理士さんに相談しておくことが重要です。

10 遺言執行者の検討

 遺言を残した方が亡くなった後,相続人は遺言の内容に沿って,不動産の名義変更をしたり,預貯金を解約したり,有価証券の名義変更をしたりと,遺言の内容を実現していかなければなりません。これを遺言の執行といいます。
 遺言の執行は,相続人同士が協力して行うことが原則ですが,遺言に不満をもつ相続人がいて,相続人間で対立が生じてしまうと,遺言の執行がなかなか進まない事態に陥ることがあります。
 そのような事態を防ぐために,遺言であらかじめ「遺言執行者」を指定しておくことがあります。遺言執行者は,遺言の内容を実現するために,相続財産の管理や遺言の執行に必要な一切の行為をすることができます。
 なお,遺言執行者には,相続人や受遺者(遺言で財産を渡される人)を指定することも可能です。相続人間で対立が生じるおそれが高い場合や遺言執行が複雑な場合には,弁護士などの専門家を指定することもあります。
 遺言執行者を指定しておく必要はないか,誰を指定すべきかなども検討ください。

11 遺言方法の検討

 遺言には,自分で書く「自筆証書遺言」や,公証人に作ってもらう「公正証書遺言」といったものがあります。
 基本的には公正証書遺言がおすすめですが,手数料を抑えたい,遺言の内容も簡潔なものを考えている,相続人間で紛争が生じるおそれが低いといった理由から自筆証書遺言を選択される方もいらっしゃると思います。その場合でも,法務局の遺言保管所が行っている自筆証書遺言の保管制度を利用した方が良いと思います。
 このように,どのような遺言の方法をとるかも考えておきます。

さいごに

 以上のように,遺言を作る前に準備しておくことは意外と多いことをお分かりいただけたと思います。
 事案によって準備が必要ない事項もあるかと思いますが,上記の各準備事項を検討しておくことで,より良い遺言の作成につながるのではないでしょうか。
 なお,弁護士などの専門家に遺言の作成について相談する場合でも,上記の各事項の情報を伝えることができれば,専門家も事情をしっかりと把握できるため,より適切な回答をすることが可能になります。
 この記事が少しでも皆様のお役に立つと幸いです。

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