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音痴で音楽を聞かない私がラジオを始めた話。

そんな18年前の彼に、34歳のオジサンは言いたい。
「君は音が好きな人間なんだよ」と。
友人とラジオを始めた。
"自然空間に溶け込む声"という意味で
ラジオには可能性があると思ったからだ。
あくまで自然を主役にしたい。

1.音楽が嫌いな私

私は今、34年間の人生で最も音楽を聴いている。

『アンパンマンマーチ』『さんぽ』『HappyBirthday』... など

名曲達が家の中でワルツを奏でている。

特に『さんぽ』は娘のお気に入り。
「あるこう~ あるこう~ 私はげんき~」
と隙あらば歌っているので、
原曲より聴いているんじゃないかと思ったりする。

しかもそれは歌っているというより、
叫んでいると表現した方が正しい音量なため
夜間は大変気を遣う。
声が大きいのは良い事なのだが...。

さてそんなわけで、
子供というイキモノはとにかく歌が好き。
育児を始める前と比較したら、
歌うことも聴くことも5倍以上になったと思う。

これはすさまじい生活の変化だ。

しかし逆に、今まで音楽を聴かない
人生を送ってきたとも言える。

とりわけ15歳までは自発的に聴くことは皆無。

カラオケという社交場へ行く必要が出てきたため、SMAPやポルノグラフィティなどを"しかたなく"聞く必要が出てきた。

続いて16歳のとき、致命的な音痴が判明し絶望。

1語目のタイミングがとれない。
高音と低音がわからない。
100回聴いた曲でさえサビを歌えない。

そんなことは日常茶飯事。

それまでの人生にも劣等感を感じることはあった。
トイレに行けない。逆上がりができない。
野球でフライが捕球できない。本番に弱い。
記憶力がない...。
ところが歌唱力という魔王には、
この苦手集団を遥かに超越する絶望感があった。

そこまで大きな精神的ショックはなかったが、
友人が"普通に"歌えることが不思議でならなかった。
私の中では、ミスチルと同級生の歌唱力は僅差。
それだけ私と同級生の差が離れていた。
例えると、私が小学生で、友人がオリンピックを狙う陸上選手、ミスチルはウサイン・ボルトだ。
これくらいのイメージがわかりやすいか。

私にとっての音楽はカラオケのために聴くもので、
生産性がとても低かった。
仕事と同じで、このような向き合い方をしていては
どんどん嫌いになっていく。
私が音楽を聴くことはなくなっていった。

そんな18年前の彼に、
34歳のオジサンはこう言いたい。

「君は音が好きな人間なんだよ」と。

2.黒アブサンを片手に

5年経ち21歳。

私はアブサンというヨモギのリキュールに魅了され
平塚市のショットバー”セブンスヘブン”を行きつけにしていた。
アブサンにはツヨンという依存性の高い物質が含まれているから、たしなむ量に限度がある。
私は真っ黒なアブサン(通称”黒アブサン”)が大好きだった。

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(80 antonio ナダル)

リスクを取ることはいつだって刺激的だ。
食に例えると、生牡蠣を食すのに似ている。
黒色のアブサンは若造の脳を魅了していた。

さてある日の深夜。時刻は1時。
セブンスヘブンに若者が3人いる。
その中の1人は私だ。

居酒屋のキッチンでアルバイトをしていたので、
俗にいう仕事上がりの1パイってやつ。
先輩と同僚を引き連れ、
いつも通り黒アブサンを抱え談笑している私。
ツヨンによって脳の機能は停止に近づいていた。

さてそんな時だ。
7つ上の先輩にこんな質問をされたのは。

「まさおにとって音楽とは何?」

さあ答えに詰まる私。
アブサンを飲んでいたことは言い訳にならない。
シンプルに考えたことがない質問だった。

本音を言えば、
『カラオケに行くための道具』
と答えるのが素直な言葉だったが、
何となく引かれる気がしたので回答をためらった。

アブサンで火照った体から体温が失われていくのを感じ、私はわからないフリをしてこう答えた。

「わからないです。
 先輩にとっての音楽とは何なんですか?」

酔っている中では最大級の駆け引きだ。


すると先輩は得意気にこう答えた。

「俺にとって音楽は"日常"なんだよ。
 わかる?音楽のない生活なんて考えられない。
 空気みたいなもんさ。」


「...。」

この答えに少なからず衝撃を受けた。
雑な言い方をすれば、1mmも共感できなかった。
なぜなら私にとって音楽とは、
"日常"と真逆に位置しているものだったからだ。
何かが湧き上がる感覚があった。

グラスに残った黒アブサンを飲み干し、
素直な気持ちを彼に伝えた。

「そうですか。私にとって音楽とは”非日常”です。
 先輩とは真逆ですね。音楽のある空間は特別なものなんです。」


比較的はっきりした口調で、そう答えた。

(被せただけで微妙な回答だったか?)
内心そう思っていたが、
先輩のリアクションは想定外だった。

「へえ。なるほど。まさおは面白いね。」

心から驚いたらしい。
先輩も生まれて初めて聞く回答だったらしい。
人間は自分のことを世界で最も普通な人だと思い込んでいるらしいが、本当であることが証明された。

私の回答を補足すると、
音楽とは、飲食店や友人の車、アミューズメントパークなどで流れるもので日常を特別な空間に変容させるための魔法だった。
だから”敢えて”音楽を家で聴くことはなかった。

酔っていたため説明できたのかは覚えていない。
そのように答えていて欲しいと願う。
黒アブサンめ。

3.『BRA BRA FINAL FANTASY』

更に時が経ち27歳の頃。
長年勘違いしてしていた自身の価値観に気付いた。
それは"音が嫌いな人間ではない”ということ。

一度5年過去に。社会人になりたての私22歳。
営業職の私は”カラオケ”がより嫌いになっていた。
元々レパートリーが無いにも拘わらず、
場の空気を読んだ選曲が求められる世界は、
無理ゲーもいいところだった。

しかしこの頃は何とかしようと、
たくさんの音楽を聴いていた。
恥ずかしい話だが、外回りの仕事をサボって
一日中歌の練習をしていたこともある。

音楽さえなければもっと楽しい世界になるのに。
カラオケが下手な自分は人生の半分を損している。
二次会のことを考えるとテンションが下がる。

こんな悲観的な気持ちになることも多かった。

さあそんな中だ。27歳の時。
仙台で聴いた吹奏楽で、
音に対しての価値観が刷新されたのは。

それは『BRA BRA FINAL FANTASY』という
ゲーム音楽のオーケストラ。

BRA BRAはスクウェアエニクスの大作である
ファイナルファンタジーの名曲集を壮大なオーケストラが演奏する参加型の公式コンサート。
その日は植松伸夫氏も来仙した。

東京エレクトロンホール宮城で開催されたその演奏会を、妻と実弟の3人で聴く。

1曲目は『ゴルベーザ四天王バトル』という
ファイナルファンタジー4の戦闘曲。
1フレーズ聴いただけで
「生きていて良かった」と本気で感じ涙が出た。

それは音楽というものから距離を置いてきた自分にとってはとても不思議な感覚だった。

4.6年越しの伏線回収

ちなみに僕はファイナルファンタジーの大ファンだ。
1~13までは全てやりこんだが、その中でも思春期にプレイした
4~10は私の人格形成に大いに影響している。

例えば、FF6からは仲間の素晴らしさを学び、
FF7では工業社会と資源の有限性について考えさせられた。
私が石油会社に入っているのは、紛れもなく
FF7と落合信彦氏の『狼たちへの伝言』によるものだ。


そんな人生に影響を及ぼした作品だからか、
コンサート会場で聴いた曲は大好きだと言い切れた。


胸が高鳴り、心が躍った。

そこで初めて確信できた。

『私は音が好きな人間』だって。


私は飲み会が好きだが、
たとえアルコールがなくても人と楽しく話せるほうだと思っている。
つまり人とのコミュニケーションが好き。
コミュニケーションに用いるのは会話で、
会話の手段は声。そして声は音の集合体である。

そう、私は人の声が好きなんだ。
お化けのような低い声、迷宮に誘い込まれるような不思議な声、リヴァプールサポーターの勇ましい声も愛せる。

そしてもう1つ重要な答えがある。
私がCDで音楽を流してこなかった理由。

それは"自然の音"が好きだったからだ。

人の寝息。水の音。人の声に乾いた革靴の音。
風の音に雨の音。パソコンの起動音。
虫の音。車のエンジン音、キーボードを叩く音。

全てが素晴らしく、
そこに音楽が入る余地はない。

だからショットバーで話した

『音楽は特別なもの』という言葉は、
 6年越しの伏線だったように思える。


5."音"と向き合う

さて昔話は終わりにして今の話をしたい。

私が好きな音は、自然と声、
そして特別な空間を創る音楽だ。

だから友人とラジオを始めた。

"自然空間に溶け込む声"という立ち位置で、
ラジオには大きな可能性があると思ったからだ。

私はあくまで自然を主役にしたい。

そこに音楽を足してしまうと
それは特別な空間に変化してしまう。

”日常”に声音を足し算する。そんなイメージだ。

だからこそ、ラジオ配信ではとても平和な話題を話すよう意識している。

桜の花の構造について話したり、
公園の土管にモノ申したり。
時には育児休暇について議論することもあるが、
ワイドショーの10倍くらい生産性のない内容だ。


それでも多くの人と輪になって繋がり、

色々な声を共有したい思いで番組をスタートし、

毎週4本の収録+2本のライブ配信を行っている。


自分の音との向き合い方を認識し、

娘と音楽を聴きながら特別な空間を生きている。

そして多くの人に声という日常を彩る音を届けたい

そう願って今夜も収録を終えた。

                     
             まさお。

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