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秋の気配

秋の気配を感じた。


「おっとっと!」

学校帰り、
落ち葉の多い歩道を避ける様に、
縁石の上を歩きながら
田舎道を通って家に帰る。

いつものように夕食を食べ、
いつものようにテレビを見る。

少し音楽を聴いて、
どうでもいいことをLINEする。
これも、いつものことだ。

付き合う友人でさえ
幼稚園時代から変わり映えしない。


田舎生活なんて
毎日が同じことの連続だな。

――単調だ。


卒業したら東京に出よう。

誰もがそう思うのは至極当然なのかもしれない。
刺激が欲しいのだ。
俺には刺激が足りていないのだ。



東京の大学へ進学し、
そのまま東京で就職した。

「ひえ~人が多い!」

東京に出て来た時、最初に思った。

みんな何かに急いでいる?
なぜそんなに無表情なの?
スマホばかり見てて、席ゆずらないの?

色々と不思議なことは感じたが
それがこの東京のルールなのか?

とにかく24時間灯りの消えない
この東京に俺は来た。



食品メーカー営業部

就職して3年目ともなると
ひと通りの仕事はこなせるようになり、
それなりに真面目に働いてきた俺は
この春から副主任の肩書をもらった。

同時に新入社員の部下が一人ついた。

島村亜紀

彼女には外回り営業に同行させながら
資料の作成、プレゼンなどの
手伝いをしてもらっていた。

東京生まれの東京育ち
彼女は生粋の東京人。

にわか東京人の俺には
若干の嫉妬心があったのだろうか。

それでも社内では俺の方が先輩だし、
仕事も出来るし、歳も俺の方が上だ。
などと、マウントを取りたがっている自分がいた。


――小さいな…俺


「島村。課長と合流するから、
明日から1泊で出張行くぞ。」

「はい、分かりました。」

「それと、ホテルは駅近くのビジネスホテル。
予約取っておいてくれな。」

「はい、予算はどれくらいですか?」

「6,000円以内ってとこかな。」

「食事は付けますか?」

「食事は付けなくていいよ。」

「畑山副主任は、喫煙部屋ですよね?」

「お、おう、もちろん。」

「何か持っていくものはありますか?」

「あ、いつもの資料を10部くらい製本して
サンプルも用意しておいてくれ。」

「はい、分かりました。」


島村亜紀は細かい。
いや、気が利くのタイプなのか?
それとも、俺の指示が的確では無いのか?

とにかく仕事はまだまだとしても
それ以外の自分が出来る事は
しっかりそつなくこなしている。


――これが東京人というものなのか?


「課長。お疲れ様です」

「おう、畑山。わざわざ悪いな。ご苦労さん。
えっと、君は…確か…今年入った…」

「島村亜紀です。」

「そうそう、島村さん。
悪いね、あまり社内にいないもんで。」

「いえ。」


近くのカフェで、課長と
今までの経緯と今後について
打ち合わせをした。

「ここまで課長がお膳立てしてくれれば
あとは、営業の俺たちに任せてください。」

「タマタマだな。俺の古い知り合いが
チェーン店の商品購買部長に昇格しただけだから。
口利いただけのラッキー案件だ。
まぁ、いつも通り気負わずやってくれ。」

「そうだ島村、お前プレゼンデビューしてみるか?」

「いえ、まだまだ私なんて。」

「島村さんも、もう入社して半年だろう。
そろそろデビューもいいかもな。
ずっと畑山を見て来てるんだろ?」

「はい、何度も。」

「失敗したって、俺がフォローするし、やってみ!
プレゼンは明日だし、今日はよく練習してさ」

「分かりました。でも間違えたら
すぐフォローしてくださいよ。」


新人の育成も、先輩の仕事のひとつだ。
島村亜紀の成長は、素直に俺も嬉しい。


翌朝
ホテルのロビーで彼女と待ち合わせ、
先方の会社へ向かった。

「資料とか、忘れ物はないよな?」

「はい、何度も確認しました。」

「緊張してる?」

「そりゃそうですよ~」

「こうやって、手のひらに『人』って書いてのみ込むんだ。」

「ふざけないでくださいよ~」


――リラックスしろという親心なんだけど。


島村亜紀は何なく、初のプレゼンをやってのけた。
俺でさえ、上司のフォローが入ったことは
10回じゃきかなかったのに。

しかもクロージングや、契約まで
ほぼ一人でやってのけた。


――優秀な後輩…


「島村、お前、大学の時は弁論部だったのか?」

「違いますよ。ただゼミで発表はよくやってました。」

「上手かったよ。」

「嬉しいです。ありがとうございます。」


屈託のない笑い顔と、この素直さ。
俺に欠けてるものを持ってる。


――後輩にして、最強のライバル?又は強敵か?

そう考えてしまうのが、俺のひねくれた所だ。

東京に出て来てから、
東京人には負けたくないと
大学でも、就職してからも
人一倍頑張ってきた。

他人に頼ることも少なく、
1人で走ってきた自負があった。

違和感を感じていた東京のルールも
いつの間にか自分も倣っている。

学生時代に欲しかった刺激は
都会の喧騒や、灯りの消えない街ではない。

俺が欲しかった刺激は
俺に無いものを埋めてくれるものだった。

ようやく気が付いた。


島村亜紀と帰る電車の中、
窓越しに見えた風景は
浅い緑色に変わった木々の葉。


アキの気配を感じた。




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