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選択をしないという選択をしたから

"選択"という言葉を聞いたら思い出すことがある。というか後悔していることがある。

それは高校の進路選択での"選択"だ。

当時の僕は選択をしないという選択をした。

正確に言えば、これからの人生をどう生きていくか?という問いを真剣に考えずに先延ばしにした。

良い大学に入れば、選択肢が増えると誰かから聞いたアドバイスが腑に落ち、やりたいことなんてわからないから、とりあえず選択肢を増やす選択をした、とも言える。

いまでも、それは良い選択だとは思う。多くの人もそう言う。けど、自分の人生のことなのに自分の頭で本気で何がしたいのか?どんな人生にしていきたいか?そんな熱い議論を頭の中でしたら良かったと思う。
なんでもいいから考え抜いて答えを出したらよかったと思う。

この弊害はすぐに出た。
大学受験に大失敗し、2年間の浪人というよくわからない期間を過ごした。

一つの大きな原因は、大学受験に対するモチベーションが良い大学に入れば選択肢が広がることと多くの友達が行くから(高いプライド)の二つぐらいだったことだと思う。これで入れるぐらいの実力があれば良かったが、僕には足りなかった。

浪人の2年目の夏、完全に孤独になり、自分の人生について初めて本気で考えた。考え抜いて、大したものじゃなかったが、やりたいことができた。

そこから全てが変わった。本気のモチベーションができた。
何よりこんなことしてる場合じゃない。早くこのステージをクリアしないと。と本気になれた。結果、設定した第一志望に入学できた。

なにより、それ以降は何事も自分の頭で考え、選択するようになった。これがその苦悩で得た一番大きなものだ。

全ての選択が今の自分に繋がっている。こう言ってしまえば、全ての選択は肯定できてしまう。

だけど、選択をせず、先延ばしを選択したから大きな苦悩(自分の中では)があったのは事実だ。

ただただ肯定せずに、あの選択が本当に間違っていなかったと言えるようにこれからの日々の選択に生かしたいと思う。

はんだ


#あの選択をしたから

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