魔法【エッセイ】

　「明日あなたが死ぬとわかったら、最後の晩餐は誰と、どこで、何を食べたいですか」
　二十年ほど前、『ニュース・ステーション』の番組で、久米宏が著名人にインタビューするコーナーがあった。けっこう面白く観ていたのだが、今考えると、ふと疑問をもつ。そんな終焉真際に、食欲があるだろうか。私なら、アタフタしてしまい、結局何もできないまま、その時をむかえてしまうのではないか、と。
　百歩譲って、食事ができるだけの体力と食欲が残っているとしたら、高校まで母が作ってくれた「油ミソ」と「もち米」と答えるだろう。それも試験日前日の夜中、冷蔵庫の前で、残り物をこっそりと、食した味。玉ネギ、油揚、削り鰹をゴマ油で炒め、みりんと味噌を絡ませるだけにすぎないのだが、半世紀程前、私が大学生のときに鬼籍に入った母でしか、再現できない味、なのである。
　今となっては、母の手料理を食するのはとうてい叶いっこない。が、もし、“人生に一度、魔法を使える”としたら、私の場合、ウーバーイーツに天国から出前してもらうとか、母を生き返らせて作ってもらい、最後の晩餐を一緒に、いや、最期の日の前日、夜中にこっそりと、冷蔵庫の前で食するのが、いい。
　もっとも、母とは、あの世と現世とのすれ違いになり、つかの間の再会になってしまうけれども・・・。