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手袋【エッセイ】

 その日、空知はドカ雪だった。四十七年前の十二月初め。北海道でも珍しい積雪だ。
 早朝。母は、劇症肝炎で亡くなった。五十だった。母の実家がある街の市立病院に入院し、二週間ぐらいだった。
 前日危篤の連絡を受け、羽田から飛んで帰ると、母の姉妹たちがベッドの周りにいた。母は黄疸がひどく、すでに意識がなかった。肩には、白いショールが巻かれていた。同じ大学に通うK子が編んだものだ。入院の連絡を受け、急いで送ってくれた。プレゼントされたミトンの手袋と、同じ毛糸だ。
 「Tちゃん、とても喜んでいたよ。将来、M坊のお嫁さんかもしれないひとが、編んでくれたって」。一番上の伯母が、教えてくれた。
 棺の前。前日からの疲れでぼぉーっとしていて、虚ろな目で、その手袋を見つめていた。
 母にもよく、編んでもらった。いつも、二股のミトンの手袋。その都度、五本指の手袋がいい、と母を困らせた。雪合戦のとき、速く遠くに、投げられるからと・・・。
 
全て終わった。雪もおさまり、東京に戻った。すぐに、K子と会う。「ショール、持たせたよ。喜んでくれていたみたいだから」「うん」と、K子は軽くうなずいた。黙って歩いた。ミトンの、片方の手袋の中で手をつなぎ、つぶやいた。
 「五本指のより、いいな・・・」と。
 「ん、な~に? 」
 「いや、なんも・・・」

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