海賊版サイト対策 ブロッキングの前にやるべきこと

7月26日に知的財産戦略本部で海賊版サイト対策の議論が再開された。委員からはブロッキングの早期検討再開を求める意見が出たという。先の参院選では表現の自由、海賊版のアップロード側への対応が重要と訴えた山田太郎議員が自民党で比例2位の約54万票を獲得するなど、海賊版サイト対策のために表現の自由を犠牲にすることを許さない民意が示された矢先のことだ。

今回から「チャタムハウスルール」といって、各委員の発言を外で公表しないよう求めるという。これでは誰からの要請で何のために海賊版サイト対策を検討しているのかさえ外部からは検証できない。漫画家をはじめとした関係者の意見を十分に聞かず、通信の秘密や表現の自由に対する配慮が不十分だったために、与党プロセスで異例の廃案となった海賊版サイト対策だが、知的財産戦略本部は何を反省したのだろうか。

折しも漫画村の類似サイトが立ち上がり、漫画村の主犯と目される星野路美容疑者がフィリピンで逮捕された。漫画村問題を振り返って、日本における制度の不備を考え直すには悪くないタイミングだ。

日本において海賊版サイトをはじめとした違法情報の削除を義務付ける法律はないが、近いものとして権利侵害について発信元の開示と情報の削除によって事業者の責任を制限する「プロバイダ責任制限法」がある。この法律はコンテンツを削除した場合に事業者の責任を制限する民法の特別法で、パソコン通信で名誉毀損に当たる書き込みを放置したニフティーサーブとシスオペ(フォーラムの運営者)が訴えられた事件を機に立法された。名誉毀損など双方に言い分がある事案を丁寧に解決する枠組みとしては、表現の自由を尊重しつつ権利侵害情報の削除を促す仕組みとして機能してきたが、大規模な海賊版サイトを念頭に置いた制度設計にはなっていない。

現時点で日本における海賊版サイト対策として最も頻繁に用いられているのは、米国で1998年に策定されたデジタルミレニアム著作権法である。これは海賊版サイトの運営において米国企業のサービスが広く利用されていることもあるが、もともと著作権侵害を念頭に置いた制度で、ホスティング事業者だけでなく、接続(ISP)、キャッシング(CDN)、レファレンス(検索、ソーシャルメディア)について明示的に責任範囲を定め、著作権侵害コンテンツについて、通知を受けただけで削除する義務を負う仕組みとなっている。

日本のプロバイダ責任制限法では、事業者が通知を受けても権利侵害コンテンツを消す義務は負っておらず、発信者を特定して直接交渉する必要がある。結果として迅速な対応は難しく、発信者を特定できない場合など泣き寝入りとなりがちだ。海賊版のアップロード側を取り締まるのであれば、まずはプロバイダ責任制限法を改正し、海賊版サイト対策で実効的に使える制度に改める必要がある。

海賊版サイト対策で実効的に使える制度にするためには、事業者に対して権利侵害コンテンツを迅速に削除する義務を課すこと、海賊版サイトの運営に必要な一連のサービスに対して等しく義務を課すこと、海外の防弾ホスティングサイト等を悪用した場合であってもサイト運営者が国内にいる場合には容易に特定できるようにすること等が考えられる。

営利目的で海賊版サイトを運営するためにはホスティングサービス(サイト本体の運営)、CDN(大規模なコンテンツの配信)、ドメインレジストラ(DNS名の取得)、アドネットワーク(広告配信による収益化)等との契約が必要となる。現状プロバイダ責任制限法が念頭に置いているのはホスティングサービスで、CDNについても読めないことはないが、ドメインレジストラやアドネットワークは直接の対象に含まれないと考えられる。

まずはこれら全ての事業者に対して本人確認義務と、権利侵害情報の通知に基づく削除・契約解除の義務を課すべきである。日本語で日本人向けに提供するサイトそのものについても、ネット通販サイトに対しては特定商取引法で運営者を表示する義務が定められているが、広告を掲載するサイトに対しても同様の義務を課す必要がある。

ドメインレジストラやアドネットワークについて、海外の事業者を悪用しているケースが目立つが、ドメインレジストラについてはフィッシング詐欺対策の観点からIGFやICANNなどの場で、アドネットワークについてはマネーロンダリング等にも悪用できることから日本では犯罪収益移転防止法の対象事業者に組み込むと同時に、FATFなどの国際協議を通じて諸外国においても本人確認義務の対象に組み込むよう働きかける必要がある。折しもFacebookがLibraを発表したことで金融当局のネット事業者に対する関心も高まっていることから、主要国からの前向きな反応を期待できるかも知れない。

こうした対応を権利者が主体的に行えればいいが、個々の漫画家などの著作権者や出版社をはじめとした実質的な被害者が、技術や外国法制に通じているとは限らず、地元の警察署が被害届を受け取ったとしても、実質的な捜査は難しいと考えられる。公的機関による支援や紛争解決機関の設立を通じて、国内外の法制度に通じておらず立場の弱い権利者であっても、組織的な対応を取れるよう環境整備を図る必要がある。

なお星野路美容疑者はドイツ、イスラエルとの三重国籍者で、日本への送還にあたってはドイツ、イスラエル政府との協議を要するという。早くからマスメディアは星野路美容疑者の周辺を取材しており、捜査の早い段階で星野路美容疑者は捜査線上に浮かんでいたはずだが、なぜ海外逃亡を許してしまったのだろうか。日本は1984年の国籍法改正で二重国籍となった日から2年以内に国籍選択すべき期限と定めているが現実には空文化しており、約89万人の多重国籍者がいるという。例えば海外逃亡の虞がある犯罪の捜査対象はパスポートを無効にして出国を制限する、海外逃亡の可能性として外国国籍の保持・取得なども勘案するといった運用はできないか。

このように、漫画村に代表される海賊版サイトの問題からは、我が国におけるサイバー犯罪対策の不備が様々なかたちで明らかになっており、知的財産戦略本部がブロッキングばかり議論して時間を費消しているようであれば、非常に残念なことだ。サイバー空間では海賊版サイトだけでなく、フィッシング詐欺や暗号資産の盗難など、国境を越えた様々な犯罪が横行している。これらの犯罪に対して適切な法執行を行えていないことは、今後に大きな禍根を残すことになるのではないか。

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