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コンサートの企画をするうえで改めて考えていること#01

ずいぶんと前になりますが、「コンサートの企画をするうえで考えていること」というタイトルで3回に分けて、アミーキティア管弦楽団(アミオケ)でコンサートを考える際の方向性について書いたことがあります。その時の内容から大きく変わったわけではありませんが、それほど大事だと思わなくなったことがあったり、反対に今一番興味があることがあったりするので、ここで一度整理しておきたいと思います。自分のためにが主ですが、きっと興味を持ってくれている人もいると願って。

これまでの方向性

これまでの方向性は、短い間に何回か表現の変更はありましたが以下の通りです。

①何がしたいかがいえるコンサートを作る
②人の価値ある集まり方を作る
③オーケストラの中で起きていることを社会的価値に変える仕組みを作る
(2019.02.03)

これを翌年に次のように変更しました。

①自分たちは何をしたいのか / 何が言いたいのかに向き合いコンサートを企画する
②多様な人びとが集まり関わる場・空間としてのコンサートが持つ意味を考える
③様々な芸術表現を参照しながら「コンサートとは何か」「音楽とは何か」を問い直す
(2020.02.03)

いずれにしても、こうした方向性を打ち立てることによって、「企画におけるコンセプト重視(テーマとの違いを明確化)」「演奏者/来場者の持つ多様性への着目」「パフォーマンス空間の持つコンテクストからの出発」「美術史やパフォーマンス史への参照によるクラシック音楽の相対化」といったことに関心を持ってコンサートを作ろうとしてきました。

同時に、僕は「あくまでオーケストラをやっている」という意識、そうした領域の絞り方をしてもきました。実際、クラシック音楽(の価値)を相対化するようなパフォーマンスをしたいならロックでもジャズでもやればいいじゃないかと言われることもあり、自分で自問してきたことでもあります。ただやはり僕としては、何事も歴史を意識して取り組まなくてはらない以上、その歴史とは僕にとってはクラシック音楽史でありオーケストラ史であって、そのコンテクストの中で表現の拡張や、自分なりの問題提起をしていきたいという気持ちがあり、それはしばらく変わらないと思います。友人に「そのフェティッシュの根源は何なのか」と聞かれたこともありますが、出自や原点に由来するとしか、今のところは言えません。

他方で僕にとってのオーケストラとは、特に墨守するべき存在ではなく表現のためのツールやメディアです。それはアミオケを始めた時からそうだったのだと今となっては思いますが、当時は今ほど強く自覚できてはいなかったし、そう公言する勇気もありませんでした。今でこそ「僕はオーケストラをやっているが別にオーケストラがやりたいわけじゃない」とまで言えるようになりましたが(でもやりたいのはオーケストラなんですよね)、一昔前は、それを言ってしまうと演奏仲間が離れていくんじゃないかって、ちょっと怖かったところがあります。色んな意味で自分に自信がない時代でした。いや、別に今も自信があるわけでもないのですが……。

今改めて考えていること

以上のような方向性は、今もなお僕の基礎として存在してはいますが、他方で例えば「コンセプトの重視」などは、一周回って当たり前すぎて、もうあえて言う必要はないのかもしれないなと思い始めてもいます。実際、コンセプトにそってプログラムを選びパフォーマンス内容を考えることなどやって当然のことで、わざわざそれをやりますと宣言するのは、シンプルに恥ずかしいなという気持ちです。

他方で、パフォーマンスすることになる場の持つコンテクストに着目する姿勢は、もっと突き詰めていきたいと考えています。古くは1970年のロバート・スミッソン〈スパイラルジェティ〉以降、現代アートの分野では「場」に対する議論はすでに出尽くしていると言え、まったくもって新しい姿勢ではありません。日本の文脈で言えば2000年代にピークに達した地域アート以降、(地方創生の力学も相まって)「地方」という土地の持つポテンシャルに関心がもたれるようになり、現在ではおそまきながらわが国でも「場」への意識は常識に属する部類となったように感じます。とは言え、掘り下げ方にはまだまだやりようがあり、従来のような歴史(学)的、民俗(学)的アプローチに加えて、思想史や生活史、あるいは現在進行形の社会問題から場を捉えるアプローチをこれからもっと深めていきたいと思っています——この点アミオケでもそうなのですが、どちらかと言うと現在では堺市文化振興財団での仕事の方でこの姿勢が表れています。

また、釜ヶ崎芸術大学や京北地域で実践してきた経験から、クラシック音楽やオーケストラの世界で受け継がれてきた「常識」に対する問題提起や、その延長線上としての音楽観の提示にも引き続き意義を見出しています。それは例えば、クラシック音楽やオーケストラにおける「アマチュア」認識の根本的なシフトについての提案であったり、釜ヶ崎芸術大学で地域と深くつながりながらコンサートを作ることで僕を始め演奏者の音楽観に大きな影響を与えたり、これまでの当たり前を揺さぶっていくような実践のことを指します。それは言うなれば「ポリティクス」をめぐる実践であり、(演奏ではなく)コンサート企画実施自体をパフォーマンスとして機能させてきたと言えます。この「パフォーマンスとしてのコンサート企画制作」は今後も重要な姿勢として継続していくつもりです。

他方でこれまでになかった最近の興味関心として、パフォーマンス手法としての実験音楽があります。僕は元はと言えば、単にクラシック音楽が並ぶコンサートを考えるだけの人間だったところを、ココルームに出会ってサイトスペシフィックやリレーショナルを意識するようになり、またその後は(今更になって)ジョン・ケージに影響を受けて、音楽をめぐる彼のポリティクスを常に参照するようになりました。この二つの影響からコンサートとは別で「ワークショップ」を意識するようになり、釜ヶ崎芸術大学では楽器と朗読の対話、そして「合作俳句×合作楽譜」というワークショップを企画し、また京北地域ではキャリアワークショップ「けいほく うたと未来コンサート」を実施するに至りました。とりわけ直近の「合作俳句×合作楽譜」は、俳句や朗読という文化圏と接触しながら、作曲とは何か、作品とは何かを問い直すクリエイティブなワークショップで、その実験のために演奏が意味を持つまさに実験音楽のワークショップでした。この現場に日頃はベートーヴェンやブラームスをたしなむ音楽仲間を誘うことができたのは、個人的にはかつて周囲に気を遣って本音が言えなかったころに比べると随分とした成長で、それゆえこの実験的なワークショップに可能性を感じ、今後もぜひ展開していきたいと考えています。

もうひとつは、先ほど書いた「オーケストラへのフェティッシュ」の展開です。僕は何かにつけてこれまで従来のオーケストラとの距離感の中で自らのコンサートを表現してきました。ただ、それがコロナによって正面から行うことが難しくなりました。フルオーケストラのコンサートを企画するハードルが上がっているのです。もともと釜ヶ崎や京北地域ではこれまで、各管楽器奏者を1名としたいわゆる1管編成でコンサートを実施してきたのですが、今現在ではそれすらも慎重にならざるを得ず、さる2021年12月19日の釜ヶ崎芸術大学における本番では、その年の5月の段階で、今回は9人編成、いわゆる9重奏(nonet)で実施することを決めました。

このような、社会の情勢に合わせて編成を調整するということ自体、20世紀の初頭にヨーロッパがすでに経験していることでした。第一次世界大戦では音楽家も多く出兵しており、人材不足や社会全体の不況の影響の中で、1918年にストラヴィンスキーが極めて小編成で「兵士の物語」を書いたことは非常に有名です(ちなみに当時はスペイン風邪が流行し、この「兵士の物語」の巡回公演は中止を余儀なくされています)。このことを可能にしたのはストラヴィンスキーの機転もあると思いますが、同時に、1900年にヴォルフ=フェラーリが「室内交響曲」を書き、その理念が1906年のシェーンベルク「室内交響曲」につながっていたことで、小編成自体が芸術的にも徐々に表現の選択肢に入りつつあった時代だったということもあったのではないかと思います。

いずれにしても、制約のある環境の中で芸術的にも打開策を提示して次の歴史を作ってきたクラシック音楽の前例の中で、今回の9重奏というのは当然選択肢に挙がってくるものでした(落合陽一×日本フィルも同様の趣旨でまさに「兵士の物語」を演奏していました)。

ここまできて興味が湧いてくるのが、それでは僕たちは何ならオーケストラと呼ぶことができ、何はさすがにオーケストラと呼べないのかという問いです。これをかつての音楽家たちは作曲の様式で回答してきましたが、僕はここでは、演奏者や鑑賞者の感覚をベースにして考え直していきたいと思っています。

これは現時点ではイメージでしかないのですが、何がオーケストラなのかというこの問いについては、
①歴史的に僕たちは何をオーケストラと呼び受け入れてきたのか
②編成的に(ヴィジュアル的に)何がどうなっていれば僕たちはそれをオーケストラ呼び受け入れることができるのか
③演奏者は内部でいかなる体験ができればそれをオーケストラだと感じることができるのか
④以上がすべて失われてもオーケストラはオーケストラであり続けられるのか
という風に分けることができると思っています。

もっとも辞書的にはオーケストラとは「1. 管楽器・弦楽器・打楽器など多くの楽器で合奏する音楽。管弦楽。2. 管弦楽を演奏する集団。管弦楽団。」(三省堂大辞林第三版)でありそれ以上でもそれ以下でもありません。そしてそもそも定義なんてないのは当事者であればだれでもわかっていることです。でも、それでも、僕たちは何となく、何かをオーケストラだと認識して、何かをオーケストラじゃないと認識している。この境界領域にオーケストラとして新しい表現があるのではないかと直感しています。

他方、日本オーケストラ連盟のホームページでは、オーケストラとは「この世に存在する一番大きな楽器」だと紹介されています。けれどもこのような定義を嫌っていたのが他でもないジョン・ケージだったと僕は考えています。詳しくはかつて投稿した僕の記事をお読みいただきたいのですが、ケージがナンバーピースの中で「タイム・ブラケット(時間枠)」という指示を出したり、〈エトセトラ〉(1973年)で指揮者を3名配置したりしたのは、演奏集団の中で演奏者がone of themになるのではなく、個々が等しく責任主体となるデモクラシーでありアナーキーを彼が理想としていたからで、それは裏を返せば彼には、当時のオーケストラは全体主義で、作曲は権威主義だと映っていたからだと言えます。

こうした歴史があっての現在、もう一度これまでとは別の仕方で「オーケストラとは何か」という(音楽理論を踏まえた人からは)一見素人まがいの問いを立ててみてもいいのではないかと思うのです。

2022年は以上のようなことを踏まえていくつかコンサートを準備しておりますので、また是非多くの方のご参加をお待ちしております!

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