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「堕落論」をわかりやすくする

坂口安吾さんの名著「堕落論」を取り上げます。戦後まもなく書かれたこの作品は、今なお読まれ続ける名著と言えます。戦後に自信をなくしている日本人に向けて、未来に向けて踏み出すよう訴えた作品だと思っています。

要するに天皇制というものも武士道と同種のもので、女心は変わりやすいから「節婦は二夫に見えず」という、禁止自体は非人間的、反人性的であるけれども、洞察の真理において人間的であることと同様に、天皇制自体は真理ではなく、また自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や洞察に置いて軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでおり、ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れない。
(坂口安吾「堕落論」角川文庫 95ページより引用)

主語と述語を大きくしすぎない

読んでみていかがですか?

部分的に抜き出したせいもありますが、内容がなかなか頭に入ってこないのではないでしょうか。では、なぜこの文章がわかりにくいのでしょうか? 「主語と述語が長い」「主語と述語が入れ子構造になっている」ことが原因の1つだと思います。

この文の主語は「要するに天皇制というものも」です。では述語はどれでしょうか?「武士道と同種のもので」だという考え方ができます。

また、「洞察の審理において人間的である」が述語の意味を持っているとも理解できます。

さらに、この文章で言いたいことは「真理ではなく〜割り切れない。」までがであることから、これを述語と考えることもできます。

一方で、「女心は変わりやすいから〜禁止自体は」という主語があり、「洞察の真理において人間的である」が述語があることがわかります。つまり、1分の中に複数の主語と述語が入っている構造であることがわかります。

これを、主語と述語の「入れ子構造」と呼びます。入れ子構造とは、ロシアの伝統的な人形である「マトリョーシカ」のように、同じ構造のものが中に入っているということです。

読みやすくする秘訣「1文を短くする」

具体的にわかりやすくしてみましょう。

【編集した後の文章】
女心は変わりやすいから「節婦は二夫に見えず」という禁止自体は、非人間的・反人性的であるけれども、洞察の真理において人間的である。天皇制というものも、この例や武士道と同種のもので、天皇制自体は真理ではなく、また自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や洞察に置いて軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでおり、ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れない。

どうでしょうか。元の文章よりも読みやすく感じたのではないでしょうか。

それほど難しいことはしていません。1文1文を短くしただけです。

それだけで、グッとわかりやすい文章になったのではないでしょうか。

さらに、現代の人たちが理解しやすいように、がっつりと編集するとしたら、次のようになります。

【読みやすく手直し】
「節婦は二夫に見えず」という禁止自体は、非人間的・反人性的である。だが、洞察の真理において「女心は変わりやすいから、あえてそう主張している」点で人間的とも言える。天皇制や武士道も同様だ。天皇制自体は真理ではなく、また自然でもないが、そこに至る歴史的な発見や洞察に置いて軽々しく否定しがたい深刻な意味を含んでいる。ただ表面的な真理や自然法則だけでは割り切れないものがある。

ここまで文章を直してしまうと、作者が書いた元の文章のトーンとは違ってきます。そのため編集者は作者と念入りに打ち合わせてから直すことになります。

今回のまとめ

今回のまとめです。わかりやすい文章を書くときは、1文を短くし、なるべく主語・述語を入れ子構造にしないことが大事です。

わかりにくいと言われた場合は、主語と述語を意識して、できるだけ短く書き直してみましょう。

「堕落論」の中身と補足

ちょっとだけ堕落論の中身について触れてみます。

堕落論では、次のような主張をしています

・人間の本性として堕落(より人間の本能に近いもの)するものである
・堕落するのは、戦争に負けたからではなく、人間だからそうなるものだ
・堕落しきらないための「しくみ」や「ルール」を自ら生み出すのも、また人間である

戦後に自信をなくしていた日本人は、この文章に大いに勇気付けられたように思います。

個人的には大学生のころに読んで「ふーん、昔っぽい考え方だな」と思いましたが、今読むとまた違った印象がありますね。

(補足事項)ここでは、現代に生きる人たちがよりわかりやすく情報を伝えるためのトレーニングとして、一般的に名著と呼ばれる書籍の文章を引用しています。修正や補完は、あくまで「現代に暮らす人たち」が理解しやすくするためのものです。登場する名著の文学的価値は依然として高いと考えています。その芸術性を否定したり不完全さを指摘したりする意図はないことを、強く宣言します。また引用した文の作者の思想や主張に、同意するものではないことも添えたいと思います。


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