SFショートショート 『衝動のゆくえ』

 殺す。いつかぜったいに青木を殺してやる!
 そう考えながら、ぼくは目と耳を閉ざした。弱者をいたぶる時に見せる青木の顔は悪鬼のようだが、見えなければ不快でも何でもない。青木の吐く言葉は猛毒だが、そんなものは真面目に聞かなければいいだけの話だ。ぼくはただ、肉体的暴力による痛みにさえ耐えていればいい。
 自分の世界に引きこもり、ぼくは嵐がすぎ去るのを待った。
 ただひたすらに青木を殺す方法を考えながら。

 中学生のぼくが殺人を考えるなんておかしいだろうか?
 いじめにあった子どもなら、普通はみずから死ぬことを考えるよね。それが常識だ。で、その自殺がニュースになり、教育委員会やら学校やらがいじめの事実は確認できなかったとか言って、それでおしまい。どれだけ技術が進歩しても、学校でおきるトラブルなんて昔から本質的には変わらないんだ。いじめる子ども、いじめられる子ども、目をつぶる大人。ただそれだけ。
 いじめられる側が死んだって何も変わらないことは、過去の事例からも明らかだ。それに、他人を苦しめることに喜びを感じている青木のようなゴミにとっては、いじめた相手が死んでも笑い話のネタにしかならない。林田の時がそうだった。ぼくの前に標的にされていた林田が自殺したと聞いた青木は、高笑いをしながらこう言ったのだ。
「だっせー。あの程度で死ぬのかよ。あ、しくじったなー。どうせ死ぬなら、その前にもっと金を巻き上げとけばよかったよ」
 ぼくは青木の邪悪さに震えた。林田の死に後悔するでもなく、心に痛みを感じるわけでもなく、どこまでも自己中心的で残酷。そう、彼は人間じゃない。
 人間じゃない青木が林田という人間を死に追いやった。これを言いかえると、青木は人を死なせる危険な害獣だから駆除されるべきだ、ということだ。
 ぼくが青木を殺せば、人間の法律では殺人になるだろう。でも実質的には無許可で害獣駆除をおこなった程度の罪でしかない。そんなに大騒ぎするような話じゃないだろう?

 さて、今回の害獣駆除にあたってまずぼくがおこなったのは、徹底的な調査だ。
 相手をよく知らなければ駆除は失敗するだろう。失敗して警戒させるようなことがあれば、二度目はさらに困難になる。一発勝負で決めなきゃいけない。
 もっとも、物理的に殺すのは難しくない。古典的な刃物を使った攻撃で不意を突けば、青木の生命活動を一時的に停止させることは容易だろう。
 でも、問題はその後だ。青木の脳細胞が死滅するまでの時間、青木の脳に酸素を供給しようとする教員たちの救命活動を阻止しなければばらない。それが成功したとしても、さらに障害がある。青木の家は大金持ちで、万が一の備えにクローン・ボディとブレイン・バックアップが用意されていた。このどちらかを事前に破壊しておかなければ、せっかくぼくが殺しても青木はすぐに復活してしまうことになる。
 クローン・ボディの保管施設はセキュリティが高く、物理的に侵入して破壊するのは困難だった。さらにクローンに異常があるという警告が発報されるから、青木が警戒してしまうだろう。となれば、ブレイン・バックアップを秘密裏に破壊する方法しかない。バックアップは毎晩の睡眠時に作成されて、過去五日分が保持されている。そのすべてを、何らかの方法で壊す必要があった。

 ぼくはブレイン・バックアップの技術資料を読みあさり、データの破壊方法を探った。
 セキュリティの高い運営会社の設備にバックアップがアップロードされてしまうと、ぼくが侵入して破壊するのは困難だろう。狙い目は青木の家のネットワーク設備しかない。作成されたバックアップがアップロードされてしまう前に改変できれば、バックアップとして用をなさないゴミデータを運営会社に保管させられる。クローンの脳に書き込むべき情報がなくなれば、青木の復活は阻止できる。
 名実ともに、完全に青木を殺せるのだ。
 まずぼくは青木の家の前で無線電波を拾って、侵入を試みた。ネットにはハッキングのツールがたくさん落ちていて、それを使うと比較的容易に侵入できた。ネットワークルーターへの侵入も同様に容易だった。
 問題はルーターを通過するデータの改変だった。ぼくは同年代と比較してプログラミングの成績は良かったけれど、その程度の知識ではどうにもならなかった。だから、ぼくは必死に勉強した。青木の家で使われているのと同じネットワークルーターを買って実際に動作テストをしながら、じっくりとデータ改変プログラムを組み上げていったんだ。
 一ヶ月後にプログラムはついに完成して、ぼくは青木の家のルーター上でプログラムを稼働させた。
 青木のいじめに耐えながらの一ヶ月は地獄のような日々だったが、あとはもうたった五日間待つだけでよかった。

 決行前の五日間を、ぼくは人体のしくみの研究をしながら過ごした。青木を効率的に無力化する方法と、迅速に脳への酸素供給を断つ方法を理解しておく必要があった。武器は家から持ち出す包丁だけ。
 やはり青木の頭部を切断して、しばらく誰にも触らせないようにするしかない。救命しようとする体の大きな教師たちとの戦いになるが、むろん教師たちに対してもぼくは遠慮するつもりはなかった。見て見ぬふりをして青木という害獣をのさばらせている以上、教師たちも同罪なのだから。
 いよいよ明日が決行の日となった最後の夜、ぼくは三本の包丁をこっそりキッチンから持ち出すと通学カバンに詰めて、高揚した気分でベッドに入った。これまでの努力のすべてが報われる。ついに青木をこの世界から完全に消し去ることができるのだから。
 それが楽しみでしかたなかった。

 そして、ぼくは目を覚ました。
「仮想通学シミュレータは終了しました。ご利用ありがとうございました。仮想通学シミュレータは……」
 アナウンスの声で我に帰ったぼくは、ヘッドマウントディスプレイをはずして周囲を見回した。まだシミュレータ内での感情を引きずっていて、すこしぼうっとしている。
「いかがでしたか、陽光学院中学校の転入学体験は? 一万倍速で三ヶ月ほどご経験いただきましたが。ご満足いただけたようでしたら、転入手続きに進ませていただきます」
 店員のお姉さんがにっこりと笑いかけてくる。
「ええと……シミュレーションに出てきたクラスメイトや先生って、みんな本当にいる人なんですよね?」
「はい。氏名や外見は仮のものですが、すべて実在の人格をシミュレートしています」
 ということは、シミュレーション内の青木のような害獣は、現実にも存在するのだ。
 ぼくは実際に青木(仮)と同じ学校に通って彼を駆除すべきなのではないか、と真剣に考えた。害獣が駆除できれば、林田(仮)のような不幸な死も起こらずにすむだろう。
 でも、ぼくはすぐに首を振った。無理に苦しい道を進む必要はないのだ。トラブルの可能性を回避するためのシミュレータなのだから。
 ばくは害獣駆除への強い衝動をこらえて、店員のお姉さんに告げた。
「ちょっとクラスメイトとの相性が悪そうなので、陽光学院中学はやめておきます。他の中学も見せてもらっていいですか?」
 そう言いながら、ぼくは気がついた。害獣駆除を実行できれば、世界をより良くできる。そしてその害獣と同じ学校に通わなくても、その気になれば駆除はできるのだ。
 世界一の害獣駆除業者になる。ぼくはそのアイデアが気に入って、思わず微笑んだ。
                              〈完〉

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