#短編小説 #超短編 女たち Vol.7
美里の場合〜落ち着け、わたし。
明け方、老人ホームから、義母の公子が危篤だと連絡があった。
搬送先の病院にすぐ来てほしいと言われたとき、公子の容態を案じるより、うちから病院までのタクシー代を心配してしまった自分に嫌気がさした。
夫の正は、シンガポールで海外勤務のため、すぐに帰って来ることが出来ない。
冷たい水で顔を洗うと一気に目が覚めた。
まだ寝ている息子に、朝食のパンだけ用意し、書き置きをする。
薄暗い通りは雨上がりの匂いがした。
街頭のせいか、マンションのエントランスに植えられたシクラメンの花が白く見えた。
シクラメンは公子の好きな花だったっけ。
病院までは1時間くらいかかるだろうか。
タクシーの発車と同時にタイミング悪く信号が赤になる。
他に車も走ってないし、誰も歩いていないんだからそのまま信号を無視してください。
とは言えない。
ミケの野良猫が反対車線からトコトコとタクシーの前を横切って行った。
あれ?あの猫、久しぶりに見たな。まだ生きてたんだ。
信号無視して、なんて思ったから、あの猫がだめですよって、諭しにきたのかもしれない。
近ごろ、やる気も出ず一日中寝ているかと思えば、バリバリと家事や日々の雑務を精力的にこなせる日があったり、気分のムラが激しい。
いつからこんな状態が始まったのだろう。
病院に着いてからの流れをあらかじめシミュレーションしなければ…
とりあえず、目を閉じて、思考の整理をしよう。
… …あれ?
どうして公子は、長年慣れ親しんで暮らした世田谷を離れ、全く縁もゆかりもない千葉の老人ホームに移ったのだろうか。
都内にも同じような設備やホスピタリティーで、料金だって変わらないところがあるのに。
夫はお袋がそこがいいっていうならいいんじゃない?と言って別段気にもしなかったが。
そういえば夫とはちゃんと最近話をしてない。
千葉に何か特別な訳でもあったのだろうか?
… …あれ?
違う違う、とりあえず今は余計な事を考えず、病院に着くまでの流れを…
いや、でも気になる。何で千葉だったんだろう…
とりあえず、病院に着いた後の流れを...
落ち着け、わたし。
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