見出し画像

あのとき思い切って日本を飛び出していなかったら。(その5)

VACANCY PROJECTがオープンした2016年の11月、米国大統領選挙が行われました。

8年間のオバマ政権によりアメリカの「自由と平等」の理念が実現されたあとの、露骨な白人主義であるドナルド・トランプ氏が当選。特に支持者の少ないニューヨークでは大統領選挙後、落胆のムードにありました。トランプ氏の政策の議論に結び付かない個人攻撃や、差別的でネガティブな発言が日々問題とされてデモや行進が絶えない毎日が始まったのです。

私はアメリカ国籍ではないので、選挙で投票することはできません。しかし、自由の国アメリカで、存在が否定されているのは自分も含む有色人種や女性、LGBTQA+、そして移民。当事者である自分が、何かできるポジティブな行動はないだろうかと考え始めました。

アメリカではバーバーカルチャー(床屋)があり、ヘアサロンではメンズ料金は少し安い。

しかし、私は周りにトランスジェンダー(生まれ持った性別とは違う性別の認識で生きている・生きたいと思っている人たち)やノンバイナリー(自分の性別を決めつけない。)の友達やお客様が多く、予約の際によく「私は戸籍上男性ですが、女性らしいヘアスタイルにしたいのでウィメンズ料金のカットで予約します。」という言われることがありました。

そこで、シンプルに料金と統一しました。あなたの性別がなんだろうと、髪の長さが長くても短くても、カットはカット。一律同じ値段を取ります。なぜなら、ヘアスタイルはジェンダーによって決まるものではないから。

これは私の元々好きなスタイルでもありました。例えば日本ではカットは男女同じ料金だけど、女性だというだけで勝手に丸みのあるシェイプのショートヘアにされがちだったり。垢抜けるよりも、モテることを重視したり・・。

ヘアを決めるときに美容師から「あなたは女性だからこれ」「男性だからこれ」というある程度の枠にはめられてしまう。私に取って「エッジィ」なスタイルには女性らしいとか、男性らしいという概念は存在しません。
私の中で「その人をアカ抜けさせるスタイル」というのがオシャレだと信じていたし、そのヘアを身に纏った人は一番、自分らしく感じて欲しいと思っていたのです。

驚いたのは、男女のカット料金を統一したことをインスタグラムにあげた数日後「ジェンダーフリーカリスマ」みたいな感じで、米雑誌Vogueやi-Dが私を取材し、大きく取り上げられました。

ちょっと大袈裟だな、なんて驚いたけど、ひとりの移民美容師としてこうしてアメリカで小さなムーブメントを起こすことができるんだというメッセージになったと思うと、嬉しかったです。

少しずつ、政治に関心がある行動力のある若者や、クィアな人がたくさん店に溢れるようになりました。

忙しくて目が回りそうな毎日で、充実はしていました。周りの友達にも「なんだかすっかり有名になっちゃったね。」と言われたり、差別を受けて退職した会社のことも、正直ざまぁみろなんて思ったりしていていました。

そのころニューヨークファッショウィークで初めてモデルとしてランウェイを歩いたこともあり、サロンワーク以外にも撮影や雑誌の取材も加わって、私はついに体調を壊してしまいました。

その時すごく痩せていました。身長170cmで、45キロ。ちょっとガリガリすぎ。そして元々敏感肌だったのだけれど、手荒れの症状が爆発したように全身に広がっていきました。湿疹で足が腫れ上がって歩けない日もあるぐらいだった。手袋をしてカットをしても感覚が掴めなくてスピードが下がる。でも次々お客さんは来るけど誰も助けてはくれません。(そのころ二人のアメリカ人スタイリストを雇ったばっかりだったのだけれど、アシスタントはいなかった。)

そしてアメリカの医療費は死ぬほど高い。皮膚科に通っていたけど、処方される抗生物質やステロイドは400〜500ドル(約4、5万円)ひどい時は点滴を打たないと行けないほど症状が悪化して、その時は2000ドル(約20万)請求されました。もちろん、健康保険での割引後です。

このままだと仕事ができない上に医療費でお金が底尽きてしまう、その時雇ったばかりのスタイリスト二人にお店を任せて、私は長期間、休みを取ることになってしまいました。

そして2017年の夏、療養のため長期間日本へ帰るのでした。


つづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?