見出し画像

心地よい空間とお金の観念を書き換える。

週末、朝9時頃、有楽町に向かう。
今回の目的は、帝国ホテルでパンケーキを食べることである。
なぜ、勤め人である私が場違いなことをしようとしているのか、疑問に思う人もいるかもしれない。
いわゆる自分の身体を使って、観念の書き換えという、人体実験を行おうという目論見である。
「お金」と「場所」に対する自らの観念を書き換えようとしているのだ。

駅前の高架下の飲食店が並ぶ一本道。反対側には高層ビルが立ち並んでおり、人が生きる世界の強烈なコントラストに圧倒される。
さらに、おぼつかない様子で進んでいくと、「CHANEL」の文字が見えた。
有楽町は裕福な人たちが行き通う街という印象がさらに強くなった。
ホテルの入り口を頼りなく進み、案内の人に付いていきながら、ラウンジへと向かって歩く。
歴史あるホテルと言えども、週末の朝方はまだ人気もまばらで、空気もどことなく澄んでいるような気がした。

奥のテーブルに案内され、席に着く。
テーブルの上には、布ナプキンを挟んで両端にナイフとフォークが置かれていた。

メニューを手渡され、一通り目を通す。
トーストやパンケーキ、コーヒーや紅茶など、特別な食べ物はないが、価格が普段食べるものの2〜3倍はする。給仕の人がやってきたので、パンケーキと紅茶を頼む。

しばらくすると給仕の人が、カップに紅茶を注いでくれた。
パンケーキが運ばれてくるのを、今か今か、と心待ちにしながら、手持ち無沙汰だったので、本を読むことにする。
なかなかパンケーキが運ばれてこないので、痺れを切らして、ひと口だけ紅茶を飲んでみる。
鼻から抜けるアールグレイの香りに、ほっと癒される。
ホテルで食事を摂ることは滅多にないことだけど、パンケーキがやってくる数分の間も、なんだか長く思えてくる。
普段いかに急かされた気分で過ごしているかに気付かされた。
再び別の給仕の人がやってきて、中央にパンケーキが載っている、白くて大きな皿を目の前に置いてくれた。
「正確な」と言いたくなるくらい、形の整った円形のパンケーキは、よく見ると3枚重ねだった。
ホテルという場所柄の雰囲気がそうさせるのか、パンケーキにナイフを入れるときも、いつもより丁寧に、大切な一切れを少しずつ味わおうとしている自分に気がついた。
別皿にこんもりと丸く添えられたバターも、口の中で泡のようにすっと溶けて、舌の上に微かな油分と塩味が残った。
周りのテーブルの座席が埋まる頃には、パンケーキはすっかり平らげられた。

週末午前の計画が早めに終わると、充実感に満たされる。
お気に入りの服を着て、自分にとって少しだけランクの高い場所で過ごしてみる。それだけなのに背筋が伸びるような気がするのだから、不思議なものだ。

自分には相応しくないと思っていた場所で過ごした時間は、思いの外、心地よいものとなった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?