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新たなオーケストラ演奏へのアプローチ~「構造理論的アプローチ」と「感情・意志的アプローチ」で音楽を立体的に捉え、創造する~

はじめに

 日本は世界でも有数のアマチュアオーケストラ大国と言われており、そのレベルは世界トップクラスと言える。そうした中で「もっと音楽を楽しみたい!」「もっと深く音楽を理解・追求してみたい!」と日々感じている人は少なくない。
 筆者もアマチュア・オーケストラに身を置くものとして、日々もっと「楽しく」そしてより「深く」音楽を楽しむ方法はないかと模索をしてきた一人である。今回は、これまでの自身の体験を踏まえて、新たなオーケストラへのアプローチを考えてみたのでそれをご紹介したい。

今回のアプローチを考えるに至ったきっかけ

 最初に簡単な自己紹介をしておきたい。
 筆者は、これまで複数のアマチュア・オーケストラに所属し、トロンボーンを担当してきた。
 その一方で、2020年9月より東京音楽大学の指揮研修講座に通い、指揮の勉強をしている。ここでの指揮のレッスンでは、これまでにない新たな音楽体験を沢山することになり、今回ご紹介する新たなアプローチはその体験による影響が大きい。
 実際の毎回の指揮のレッスンにあたっては、おおよそ以下のプロセスの繰り返しとなる。

1.曲の全体構造に対する理解(アナリーゼ)
2.そのうえで自分が何を感じているのかを内省
3.それに基づき自分としての解釈を確立
4.それを身振り手振り、言語などすべてを使って表出化

 筆者はこれまでも少ないがオーケストラの指揮をする機会はあったが、ここにきて改めて指揮の勉強を通じて上記のプロセスを毎回繰り返していくことにより、曲から見えてくる「景色」が大きく変わるような体験をした。
今回のこの新たなアプローチを思いついたのは、ここでの経験をもっと広く皆さんに共有できないか?と思ったのが大きなきっかけである。

これまでのオーケストラへのアプローチ

 近代のオーケストラでは、伝統的に指揮者を置き、指揮者からの上意下達のトップダウンシステムを採用しているのが一般的である。そしてオーケストラメンバーは、個人練習やセクション毎の練習を重ねて、各ポジションのミッションを果たすというのが通常の役割分担だ。
こうした体制で練習を重ね、アマチュア団体では概ね5回~10回程度の練習を行うのが通常だ。(図1)

図1

 こうした近代のオーケストラの体制が出来上がったのにはそれなりの合理的な理由があるからだが、だからといって完成されたものではなく、メリット・デメリットの双方がある。
 メリットとしては、まずは1人の指揮者を置くことで意思決定がより迅速になるという点が挙げられる。
 デメリットとしては、メンバーの主体性やエンゲージメントが低くなりがち、という点が挙げられる。つまり、音楽的にはつい指揮者任せになってしまい、積極的に音楽に取り組む姿勢が弱くなったり、場合によってはやらされ感が出てしまう、などである。

 一方で、小編成のアンサンブルでは、指揮者を置かずに民主的な意思決定システムのもとに運営される楽団もある。これはプロの楽団だが、米国のオルフェイス室内管弦楽団はその典型例だ。(図2)

図2

 ちなみにこのオルフェイス室内管弦楽団は、ビジネススクールの組織論のケースとして取り上げてられており、日本においても『オルフェウスプロセス』という本でその内容を垣間見ることができる。

 もちろんこれも完璧なシステムではない。メリット・デメリットを考えればちょうど近代のオーケストラの逆になる。つまり、メリットとしては、メンバーの主体性・エンゲージメントの高さが挙げられ、デメリットとしては意思決定に時間がかかることである。実際この楽団のリハーサルの動画をみると、リハーサルはフラットな立場のメンバーが、ディスカッションを通じて意見を交換しあい、曲の解釈や方向性を決めていく。この内容自体は音楽的には極めて興味深いが、意思決定の迅速性という意味からは必ずしも最適なシステムとは言い難い。

新たなアプローチ仮説

 話をアマチュア・オーケストラに戻そう。
 上記の例のメリット・デメリットを踏まえて、「構造理論的アプローチ」と「感情・意志的アプローチ」という2つのアプローチを試みることで、よりオーケストラを楽しみ、新たな音楽創造活動が実現できるのではないかと考えてみた。以下それぞれについて詳しく解説する。

①構造理論的アプローチ(左脳的アプローチ)

 これは上述の指揮のレッスンでの体験での事前の分析(アナリーゼ)に該当する。筆者は指揮を本格的に勉強し始めるまでは、さほどスコアに向き合って時間を作って勉強するということをしてこなかった。自分自身、楽曲分析を体系的にできるほどの専門知識があるわけではないので、どこまでできているかは大きな疑問だが、それでも自分なりに時間をかけてスコアに向き合うことで、その曲が発するものを少しでも多くのものを「受信」できるようになる効果は実感している。
 従ってこれをオーケストラメンバー全員である程度時間を作って実施してみるというのがこのアプローチである。

 具体的には以下のような内容が想定される。そしてこれは、専門の作編曲家を招き、実際にレクチャーを実施してもらうことを想定している。(図3)

図3

②感情・意志的アプローチ(右脳的アプローチ)

 演奏される曲から個人が受ける印象やイメージ、感情や思いなどについては、きわめてパーソナルなものなのであり、取り立ててこれらについて他のプレイヤー同士で積極的に話をしたり共有したりすることはまれである。個人的に親しい人間や、飲み会の場でこうした個人的な「思い」を語ることはあるかもしれないが、それを仕組みとして共有するような取り組みはこれまでほぼ実施されてこなかったと言ってよいだろう。(少なくとも筆者のこれまでのオーケストラ活動の中では皆無である。)
 それを実現しようというのが、この「感情・意志的アプローチ」だ。具体的には株式会社ホワイトシップが開発したEGAKUという絵を描くプログラムを活用する。EGAKUはこれまで既に2万人超が体験をし、そして多くのイノベーティブな企業における創造性回復プログラムとして実績のあるプログラムである。
 詳細な解説は別の機会に譲るが、参加者全員が絵を描くことを通じて、自分の思いや感情を表出化し、共有しあう試みである。具体的には、オーケストラで演奏する曲自体をテーマに、オーケストラメンバーがその曲に対する思いやイメージ、感じていることを絵で表現する。そしてそれらをメンバー相互に鑑賞しあうというものだ。例えば、ブラームスの交響曲第2番を取り上げるとすると、この曲に対する思いや感じること、イメージなどをそれぞれが自由に絵で表現する。そしてそれらをメンバー全員で共有するといった具合である。(図4)

図4

期待効果

上記「①構造理論的アプローチ(左脳的アプローチ)」と「②感情・意志的アプローチ(右脳的アプローチ)」を実施することによる期待効果は以下が挙げられる。(図5)

図5

プロセス

 こうしたアプローチの狙いは、あくまでも実践的な演奏に結び付けていくことにある。従って、机上のものや独立した取り組みではなく、「演奏の実践」→「各アプローチ」を横断的に体験していくことが有効である。
実はこの取り組みは既に1日完結のワークショップとして2022年9月に実証済である。
上記を考慮して、その時のプログラムは図にで示すような手順で行った。

図6

今後の展開

 本アプローチは既に1日完結プログラムとして実証済であることは上述した。
 その活動を通じて参加者からもかなり前向きのフィードバックを沢山いただいた。また、そもそも参加者の方の音楽的・技術的水準が高かったといういこともあるが、わずか1日のプログラムで、様々なバックグラウンドを持つアマチュア・プレイヤーが集り、いきなり楽曲(ブラームス交響曲第2番)に取り組み、1日でかなりの完成度を達成することができた。このことからも、コロナ禍で自由に集まって練習ができない環境下での一つのアプローチの在り方を示すことができたのではないかと思う。
 今年は、この取り組みを踏まえ、更に練習回数を増やし、コンサートを開催する予定である。
大きな反響をいただき、管楽器は満席だが、弦楽器はまだ募集枠があるため(2022年6月26に現在)、ご興味のある方は是非とご参加いただきたい

Facebookイベントページ
https://fb.me/e/1XzlyOzHT

応募フォーム
https://forms.gle/zozaTHKTFZz9gtT7A

<開催概要>
〇演奏会
 8月27日(土)昼公演@鶴見サルビアホール
〇練習(予定)
 7月16日(土)夜@カルッツ川崎 アクトスタジオ
  -- この間のどこかでEGAKU@オンライン --
 8月6日(土)午前中@サンピアンかわさきホール
 8月13日(土)夜@サンピアンかわさきホール
 8月21日(日)夜@カルッツ川崎 アクトスタジオ
※練習日程は変更になる可能性があります。
〇プログラム(予定)
~プロテスタント・コラールの系譜~
 バッハ(今村康編) 教会カンタータの第4番「キリストは死の縄目につながれたり」("Christ lag in todesbanden")より(オーケストラ版)
 第1曲 シンフォニア、
 第2曲 第1変奏「キリストは死の縄目につながれたり」(Christ lag in Todes Banden)
 第8曲 第7変奏「われら食らいて生命に歩まん」(Wir essen und leben wohl)
 ブラームス 悲劇的序曲
 ブラームス 交響曲第2番ニ長調
〇指揮:前田正彦、アナリーゼ講師:今村康

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