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よくありそうな怖い話2


すまないがもう一度聞かせてくれないか。目の前でこちらの顔面に向かって唾を飛ばしながら捲し立てる二人組に対し、まずは落ち着くよう諭した。ステレオでそれぞれ違う話をああだこうだと畳み掛けられては分かる話も分からないだろうと。

そう言うとステレオの左側ーー日菜が、右側の瑞樹に対し私が話すからと目配せした。瑞樹はやや納得のいかない表情をしていたが、その返事を待つことなく日菜が話し始めたため、仕方なく口をへの字に閉じた。

「瑞樹と、夜中にクワガタ取りに行ったんだ。あっ! 夜中に出掛けたのはお父さんとお母さんには内緒ね。で、取りに行ったんだよ。昼の間に木に仕掛けをしておいてね。お父さんに聞いたら砂糖水を塗りたくっておけって言うもんだからさ、瑞樹と塗りに行って……え? どこにって? ああ、先生こっち来て浅いもんね、分からないかな。国道沿いの途中に柵が無いとこあるじゃん? え、知らない? ちょっと前に事故で車が突っ込んだところなんだけど……とにかく、そこから入ったところに、雑木林が広がっててね、そこで色んな昆虫が獲れるっていうんで夏の間ちょくちょく見に行ったりしてて。っていってもカナブンばっかで、カブトとかクワガタはあんまりいないんだけど……あっ、あと蜂! 蜂とカナブンばっかでさぁ。それでね……」

話の焦点が昆虫に寄ってきている。曖昧にうなずきながら瑞樹の方に視線を向け、なんとかしてくれと訴えた。そうすると、今度は自分の番だとばかりに、瑞樹が日菜の口を押さえて自慢げに話し出す。

「日菜はちょっと黙ってて、先生困ってるじゃない。でね、カナブンばっかでつまんないなぁって二人で林の中を歩いてたら、貫太がいてね、そしたら女はこっち来んなっていうの! 先生どう思う? でね……」

はは、と乾いた笑い声を一つ残すと、私は意識を空高くに飛ばした。話が核心に触れる頃まで空中で鳥と共に戯れようじゃないか。

「「聞いてるの先生!?」」

早々に私は地面へと墜落していく。

ここは長く長く、いつ抜けられるのか分からないトンネルだ。その中を死んだような眼で進み続け、ようやく目の前に小さな光の穴が見え始めた。核心だ。

「で、確か一時くらいだったかなぁ。結局時間が悪かったのか、クワガタは見つからなくってね。それで国道の方まで戻っていって。そうしたら、いたの」

ねーっとステレオの左右が顔を見合わせる。

「髪が長くて、真っ赤なドレスを着た、女の人が……」

そこまで言うと、その姿を思い出したのか日菜の手が震え出した。その手を両の手で瑞樹が包み込む。

「国道の真ん中に立ってて、始めは私たちに気付いてなかったみたいなんだけど、びっくりして思わず後ずさっちゃったときに、音が立って。それでこっちに気付いたのね、ぐぐーって、ゆっくりこっちを振り返ってね」

瑞樹が続ける。

「梟みたいだった。背中は私たちに向いたまま、首から上だけがぐぐーって捻れて。それで、ああ幽霊だ、って」

「そしたら、急に辺りがびかーって光って、それで目を思わず閉じて……気付いたら、その女の人、いなくなっちゃってた」

それで、二人で慌てて各々家まで逃げ帰った、というのが事の顛末らしい。まとめると、夜にクワガタを捕りに行ったら女性が道路に立っていて、急にあたりが光に包まれたと思ったら女性はその場からいなくなってしまっていた、ということか。

たったそれだけの内容をたっぷりと昼休み一杯使って説明した二人は、鳴り始めたチャイムの音に名残惜しそうな顔で各々の席へと戻って行く。畜生。私は自分の机にまるまる残った昼飯を見て天を仰いだ。

放課後、掃除を終えて次々と生徒たちがさようならやらばいばいやらを方々に言って帰る中、その流れに逆らうように二人がやって来た。不安なのだろう、眼こそ揺れ動いていたが、しかしその視線はしっかりと私を見つめていた。それに応えるように、普通に解釈すればと話を切り出す。

「君らがいた雑木林の入口からは、国道を走行する車が見づらい、あるいは全く目に入らないんじゃないか? つまり、あの国道を行き交う車がハイビーム……要は普通のライトより眩しい光なんだけど、それが君らの目を眩ませたんだろう。深夜で、あのあたりには街頭も乏しいし、まさしく暗闇だ。余計に眩しく感じられた、ってこともありえるだろうね」

二人は静かにこちらを見つめ続けている。彼女たちの視線の振動が穏やかになるにつれ、私は自分の視線が徐々に二人を捉えられなくなっていることに気付き始めた。

「そしてその女性についてだが、こういう解釈はどうだろう。国道は、君らの言うところの雑木林と山の斜面に挟まれているだろう。その女性は車が近づいてくるのに気付いて、咄嗟に斜面の方へと逃げたんだよ」

だから、幽霊なんかじゃなくただの人間だよ。と、さてこういう話でどうだ? と水を向けたとき、窓から突き抜けるように夕陽の赤が教室に刺した。眩しくて目を開けていられない。私の視線が二人から切れる。

その女の人はさ、と左側から声が聞こえた。日菜だろうか。

「車がどんどん近付いて来て、ハイビームを浴びて、勿論走行音だって大きくなってきている、そんな中、どうして私の後ずさる音なんかにわざわざ気を取られたんだと思う?」

さあ、どうしてだろうな。全身が震え出す。

「違うんだよ。あの人は、私の後ずさる音にこちらを振り返ったんじゃなくてね」

教室の中が真っ赤に染まっていく。二人の顔色を窺うことが出来ない。

「あの女の人は、壊れてなくなってしまった柵を見たんだよ。気付いたんだね、きっと、ここで自分は死んだんだって」

道路の真ん中に立ち、ゆっくりと首を捻っていく女の姿が脳裏に浮かんだ。その視線の先には何があった?

「街灯の乏しい中、ハイビームで道を照らして車で走って行く途中、急に女の人が目の前に立っていることに気付いた。咄嗟にハンドルを切ったが、間に合わず女の人を跳ね、そのまま車は柵に激突してしまった」

「深夜、あそこは本当に真っ暗で、限りのない闇の中だよ。さっき先生の言った通りね」

ステレオの右と左が交互にお互いの話を前へと進めていく。まるで打ち合わせたかのように淀みなく、気味の悪ささえ感じられた。

夕陽が落ちる。まるで私の心をそのまま反映するかのように教室内は夕闇に包まれた。二人の顔色を窺うことは、もう出来なかった。何秒か、あるいは何分かの沈黙が続いた後、私は話し始めていた。

「柵に突っ込んだ後、急いで車を出て女性の元に駆け寄った。そうしたら首が捻じ曲がって、あらぬところから内臓の飛び出た真っ赤な服の女性がいた。ああそうさ、元々は赤い服じゃない。白だか、そんな色だったんだろうな。それが血で染まっていたのさ」

事故に遭った車は、昔の知り合いにいくらか金を積んで処分してもらった。あんな時間にすれ違う車もなかったため、当然目撃者もいなかった。警察は早々に捜査を縮小してしまった。

人を殺してしまったのに、私が捕まることはもうありえそうになかった。人を殺したにも関わらず、私は捕まることが出来ないのだ。その罪の意識が私を捉えて離さない。どんなに遠くまで逃げようとしても、見えざる手が私を宙で捕まえて地面に叩きつける。

「それでも、私は捕まりたくはないんだよ。婚約者もいる。殺してしまった彼女には哀れみもある。この罪を背負って生きていく。それでいいだろう。だからもう、赦してくれないか」

夕闇が教室を、世界を飲み込んでいく。私も彼女たちも夕闇の一部となり混ざり合う。

「なあ最初から、昼休みにこの話を始めたときから君らは私を疑っていたんだろう。どうしてだ。いや、そもそも何故君らはあの事件を探り始めた。何故、何故」

何故ーー! 最後の問いかけを発した途端、夕闇が晴れた。そして、教室のドアが無遠慮に開かれる。ありゃ、まだ先生残っとったんですか、生徒さんも? その呼び声がまるでスイッチだったかのように二人が声を上げる。

「あっ、もうこんな時間だ! 先生教えてくれてありがとう、また明日!」

二人の声が遠くなっていく。顔を上げ窓の外を見ると、夕陽はまだ落ちておらず空は赤みががっていた。夕闇まではまだ遠い。

先生で最後ですよ、さあさあ。その声で我を取り戻すと急かされるまま立ち上がり、用務員と共に外へ出た。用務員はポケットから何十もの鍵の下がったリングを取り出すと、躊躇なくその中の一本を選び出し教室を施錠した。

「……すぐ分かるものなんですか、そんなにあるのに」

「分かりますよ、こんだけやってるとね。染み付いてくるというかね」

用務員と共に日がとっぷり暮れ、薄暗くなった廊下を職員室へと向かう。私にとっては二度目の夕闇だった。

「そういやなんですか、今生徒たちの間で占いのようなものが流行っとるらしいですな」

「ああ、こっくりさんでしょう。一応学校としては禁止しているのですが、隠れてやってるみたいですね」

そんなものに子供たちが夢中になるんですなあ、などと用務員は頷いている。

「そういえば、あの子たちと何を話されていたんですか?」

私はあの子たちと何を話したのだろう。いや、本質は誰と、だろうか。口元が歪む。

「授業で分からないところがあるというので、少し教えていました」

はあそうですか、と用務員が答えたときにはもう職員室の前だった。ではここで、と頭を少し下げ中へと入る。まとまらない思考の中荷物をまとめ、職員室の外へ出た。

そして。

放課後になり、用務員はいつものように学校内を見廻る。この学校では時折不思議なことが起こるようだ。花木雄一教員が失踪したことなど、この場所においては些細なことに過ぎない。
廊下の汚れを見つけては、手にしたモップで床を拭き上げる。そうしていると、またどこかで不可思議の産声が聞こえてくる。

「瑞樹、占いしようよ」
「そうだね、日菜。絶対に指を離しちゃ駄目だよ」

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