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30分で書くショートストーリーVol.3

30分で書いて5分で推敲、ショートストーリー。
今回は、【背後から大きな声が聞こえた】から始める。

【蝉しぐれ】
背後から大きな声が聞こえた。
足を止めて振り返った。
うだるような蝉の鳴き声の中、ひときわ通る声の主は小学生ぐらいの男の子だった。私は手の甲で汗を拭い、帽子のつばを少し上げた。
数メートル先にいる男の子は道の側に生えている大きな木に向かってもう一度何か叫んだ。虫取り網を持っている。
蝉でも採っているんだろうか。そんなに叫んだら逃げてしまうだろうに。
懐かしくなり、採るのを手伝ってあげようかという気持ちになった。
ゆっくりと男の子の方へ近づき、男の子の視線の先をたどる。
木の上に何か黒いものがいてこちらを見ている。小さな猫のようだった。
「あ、猫だったのね」
思わず声が出た。男の子が振り向いた。
「おばさん、あの猫、けがしてるんだ」
猫はどうやら足をけがしているようで、男の子が助けようと近づいたら木に登ってしまったのだと言う。木の根元に血痕のようなシミがあった。
私は男の子に目線を合わせるようにかがみこんだ。
「木に登れるくらい元気だったら多分大丈夫よ」
男の子は少し眉をひそめた。
「でも」
猫は首輪をしていないようだ。近づいて逃げてしまうような野生の猫なら、保護するのも難しいだろう。
「あの猫、きみの猫?」
男の子はゆっくりとかぶりを振り、もう一度木の方を見た。
刺すような日差しの中で木の枝が風に揺れた。
小学校のころ、道端にうずくまっていた雀を連れて帰ったことがあった。
飛べずに弱っていたのか、エサもあまり食べなかった。
母は横目で私の手のひらにのった雀を見た。
「野生の生き物は人のエサなんか食べないよ」
3日後、雀は口の端から少し血を流して動かなくなっていた。家の木の隅に土を掘って埋めた。
真夏の日差しに目がくらむ。
黒い猫は微動だにしない。
私は深く息をついた。
「待っててね、おばちゃん、家から脚立持ってくるわ」
振り向いた男の子はびっくりしたような顔をして頷いた。
私は帽子のつばを下げ、急ぎ足で家路を目指した。
頬に汗が伝い、蝉の声がゆっくり遠ざかっていく。
(822字)

#ショートストーリー #小説 #蝉 #30分で書く


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